なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
赤い結婚 透明な結婚
お前は結婚した。今夜は初夜だ。
ああ、そうだ。オレは結婚した。
お前の目の前には婚約者がいる。
そうだ。オレの目の前には婚約者がいる。
どうする? 彼女をちゃんと妻として扱うのか? お前はあの女と別れたのだからな。
ちがう。オレは別れていない。
なぜ別れたと言った。
両親がうるさいし、家を継ぐためには結婚しないとな。
継ぎさえすれば、なんとでもなる。
オレの真実の愛を、この屋敷に迎えいれる。
では、お前の目の前でお前と結ばれるのを待っている婚約者はどうする?
抱くさ。
抱いてしまえば、傷モノになった相手は逆らえない。
オレが真実の愛と関係し続けても、もう帰れない。
白い結婚ならぬ、純潔を散らして初夜の臥所を赤く染める、赤い結婚というわけさ。
なるほど。
白い結婚さえしなければ、3年で離縁するのも無理だしな!
まぁ、せいぜい、気が向いたら可愛がってやるさ。
だが、それでお前と目の前の正妻となる女との間に、子供が生まれたらどうする?
生まれないようにするさ。今夜も用意してある。
こいつの子袋を、一生子供が出来ないようにしてしまうクスリだ。
孕み袋を酸で焼いてやれば万事完了というわけさ。
思い切ったことだな。どこにあるんだそれは?
すでにこの部屋に隠してある。ベッドの下。裏側に貼り付けてある。
なるほど考えたものだな。だが、その前はどこに隠していた。
お前の部屋か?
ああ、そうだ。オレの使っている机の一番下の引き出しが二重底になっている。そこにある。
オレはいきなりの痛みに目を覚ました。
「ぐっ……」
腹を蹴られたのだ。
こちらを見下ろす両親がいた。
冷え切った目をしていた。虫けらを見るような目だった。
「!」
どういうことだ!?
オレはあのどうでもいい女と結婚して初夜を――
父が抑揚のない声で告げた。
「お前をこの家の後継ぎにするわけにはいかない」
「ど、どういうことだよ!?」
「結婚式までまだ一ヶ月はある。間に合って幸いだった」
母が事務的な声で、
「最悪の事態だけは回避できましたわね。これで先方に多額の賠償を払わずに済みますわ」
「なにを言ってるんだ! ちゃんと説明しろ!」
オレは起き上がろうとして、動けなかった。
いや、寝てすらいなかった。
硬い椅子に縛り付けられていた。
「お前の稚拙な計画は、全て聞いた。赤い結婚とはな」
「御令嬢を家に縛り付けておく上に、二度と子供を産めない体にするなんて……おぞましい」
「!」
なぜか両親は、オレが初夜の場で計画していたことを全て知っていた。
「息子の初夜の場を、覗き見してたのかよ!」
父は平板な声で告げた。
「初夜。はっ。お前の結婚はまだ一カ月先だ」
「え」
母は冷たい声で
「お前はさっき飲んだワインで眠り、催眠術で初夜を見させられただけですのよ」
「は、はは! なにを言ってるんだ母上」
「では、結婚式の記憶はあるのかしら」
「当たり前じゃないか! 結婚式があったから初夜が」
「結婚した記憶はあるのかしら?」
「あ、あるにきまってる! オレは――」
言葉が途切れた。何も思い出せない。
部屋に執事が入って来た。
「旦那様」
執事が父に見せたのは、オレが引き出しの二重底に隠しておいたクスリだった。
「お前は赤い結婚というおぞましい夢を見ただけだが、クスリは実在したようだな。術師はいい仕事をしてくれた」
「お高うございましたが、腕の良い方を雇った甲斐がありましたわね」
執事は、
「人の臓腑を焼けただれさせる酸です」
オレに逃げ道はなかった。
父は淡々と告げて来た。
「お前は今晩死ぬ。寝ている間に心臓が止まった」
「なにを言ってるんだオレは――!」
「ジェラルドが我が伯爵家を継ぐ……多分な」
母が
「あのご令嬢、ジェラルドとの婚約を承知してくださるといいのですけど……優秀ですもの」
執事が、オレの首筋を背後から腕で押さえつけ、髪を掴んで顔をあげさせた。
父が、何かの液体が入った小瓶をポケットから出した。
ぽしゅん、という間の抜けな音と共に小瓶の蓋があいた。
「一瞬で死ぬ」
「慈悲のつもりかよ!」
「乱れた死体だと、何か勘繰られるかもしれませんもの」
執事に鼻をつままれた。
父は小瓶の口を、オレの口に近づけて来た。
首筋を押さえる腕は強靭で、顔を振ることすら出来ない。
息が出来ない。
唇が開いてしまう。
「ああ」
オレの口から洩れたのは絶望の吐息。
さっきの初夜は、赤どころか、白ですらない、実在しない結婚。
透明な結婚だったのだ。
妙に甘い液体が小瓶から溢れ、喉を下って行った。
その瞬間、思ったのは。
弟も、オレと同じように試されるのだろうか。だった。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
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別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




