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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

「30日後、無のスタート画面にて。」

作者: 蛯 天婦羅
掲載日:2026/03/26

1日目 開始時間はもう過ぎている




その日は、やけに長かった。


まだ朝のはずなのに、

もう一日が終わりかけているような気がしていた。


理由は分かっている。


分かっているのに、頭が追いつかない。




教室に入った瞬間、何かが変だと気づいた。


音が少ない。


いつもなら誰かが笑っていて、

誰かがくだらない話をしていて、

誰かがそれにツッコんでいるはずなのに。


今日は違う。


椅子の音だけがやけに大きく響く。


机を引く音。

カバンを置く音。

ページをめくる音。


全部が、遠く感じる。




視線が、勝手に引き寄せられる。


教室の中央。


伊野大晴の席。



「……寝てる?」


誰かが小さく言った。


その声に、何人かが反応する。


でも誰も近づかない。


近づこうとしない。




おかしい、と思った。


ただ寝ているだけなら、

誰かが肩を叩いて、終わる話のはずだ。


なのに。




誰も、触れない。




「……伊野?」


今度は、少しだけ大きな声。


それでも、返事はない。




時間が、変に伸びる。


ほんの数秒のはずなのに、

やけに長く感じる。


息を吸うタイミングすら分からない。




その時だった。




ピ、と。




短い電子音が鳴る。


やけに大きく聞こえた。




視線が一斉に動く。


伊野の机の上。


ノートパソコン。




画面はついたまま。


黒い背景に、白い文字。




『30日後、この水平線のスタート画面にて』




「……なに、これ」


誰かが呟く。


誰に向けたわけでもない。


ただ、空気に溶けるような声。




「30日後って……」


別の声が重なる。




その下。


並んでいる影。


黒い、形のない人影。




一本、二本、三本——


数えようとして、途中でやめた。


やめたのに、分かってしまう。




「……三十」




誰かが、言った。




その数が、何を意味するのか。


考えなくても分かる。




クラスの人数。




「……でもさ」


すぐに、別の声が入る。


少しだけ、焦ったような。




「“30日後”なんだよな?」




誰も答えない。


でも、全員が同じ違和感を抱えている。



——まだ始まっていないはずだ。




なのに。




どうして、もう揃っている?




喉が、妙に乾く。


言葉が出ない。




その時。




「……伊野、大丈夫か?」




誰かが、ついに一歩踏み出した。




近づく。


一歩。


また一歩。




やめろ、と思った。


理由は分からない。


でも、これ以上近づいたら何かが確定してしまう気がした。




それでも、止まらない。




手が伸びる。


肩に触れる。




その瞬間。




ぐらり、と。




体が崩れた。




「……え?」




音がした。


鈍い音。


現実の音。




床に、落ちる。




「おい……?」




誰かの声が、震える。




動かない。




もう一度、揺らす。




それでも、動かない。




理解が追いつかない。


でも、分かってしまう。



——これは、違う。




「……っ、先生呼べ!」




誰かが叫ぶ。


ようやく、時間が動き出す。




でも。




私は動けなかった。




視線が、外せない。




床に倒れた伊野と、


その隣で光り続ける画面。




『30日後、この水平線のスタート画面にて』




その文字は、変わらない。




ただ——



その下の影が、


ほんの一瞬だけ、


欠けたように見えた。




気のせいだと思いたかった。




でも。




なぜか、確信していた。




これは、まだ始まっていないはずの何かが、


もう始まっている。



そんな気がしてならなかった。


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