元幼馴染の名前は草凪ソプラである2
早く家に帰ってアイスを食べたい。
日陰になっているとはいえ、空気はどんよりとした熱を帯びている。
おそらく、目の前にいる少女も、この熱に思考回路がショートしたに違いない。
コンビニ袋から、ジュースのペットボトルを一本取り出し、少女に手渡す。
「これやるから、さっさとお家に帰りな」
日本人離れした銀髪少女、名前はソプラと言うらしい。俺の元幼馴染と同じ名前だ。きっと、他人の空似だ。そうに違いない。
さっき、日本語を話していたから、俺の言葉は通じているはずだ。
「ソプラはまだ十五歳、カナデも十五歳……Ещё слишком рано(まだ早いわよ」
うへへ……と、口端を歪ませ甘い声を漏らす。
ジュースを貰えて喜んでいる。よほど喉が渇いていたんだろう。
マンションのエントラス前で佇んでいたのも、休憩兼、お恵みを期待していたのかもしれない。
「じゃぁ、俺はもう行くから」
俺はその場を後にする。
ジュースを恵んだんだ。もう俺には用はないはずだ。
マンションロックを解除して、エントラスのガラス扉が開く。
困っている人がいたら助けるのは普通だろ?
そんなラノベの主人公のように、心の中で格好をつける。
「カナデのお家、Я жду с нетерпением(すごく楽しみ)」
銀髪少女ソプラちゃんが俺の後ろから付いてきていた。
ナルシストモードで気が付かなかったみたい。
不審者には気をつけろと普段から天ネェに言ってる身として恥ずかしい限りだ。
ソプラちゃんがキョロキョロと、エントラスを見渡し「懐かしいなぁ」と呟いていた。
なんだ、ここの住人の知り合いか。
そうだよね、不審者を入れてないよね、怒られないよね。
「Спасибо(ありがとう)! カナデ」
スパシーバ? ロシア語か?
漫画やアニメで、スパシーバは覚えてる。シェイシェイとかも覚えてる。ありがとうという意味だ。
屈託のない笑顔を浮かべ、翡翠の瞳は涙で潤んでいた。
不意に鳥肌が立つ。深淵に足を踏み入れたような不思議な既視感。
大切にしていた贈り物を貰ったような感覚。
これは例に言うオカルトという奴か。この子の記憶が流れてる的な。
目を閉じればきっといなくなっているはずだ。
夏といえば怪談だ。
俺もついにオカルトデビューか。
チュッ、と唇に柔らかいものが接触した。
……ん?
目を空けたらそこには……
変わらす銀髪少女ソプラちゃんがいた。
幽霊じゃないのかよ。
ソプラちゃんは、うへへ、と頬を赤らめて、口元に手を当てていた。
「Я сдержала обещание……(約束は守ったよ……)」
ちょっと、困った。何言ってんのか分からない。
こういうタイプに現実逃避術は通用しない。
天ネェと同類だろう。自己完結型の天然ちゃん。思い込みが激しいって特徴がある。
俺が目を閉じたのも、イタズラしてほしいと思ったんだろうね。唇に指を当てるやつ。天ネェによくされた。
遊んでくれる気のいいお兄さんと思っているのか、甘えたそうに俺を見ている。
そういうのは天ネェに頼んでほしい。
なんなら、天ネェをここに呼ぶか。
それがいい気がしてきた。
☆★
「かなで、お姉さん夢でも見ているのかしら?」
アイスの棒を舐める銀髪少女ソプラちゃんを見て、天ネェは苦虫を噛んだような目をする。
いつも温厚なお姉さんが、まるで敵を睨むようにして眉間にしわを寄せていた。
俺の腕に抱きついてソプラちゃんは、天ネェの態度にビクついていた。
「お姉さん、迷子の子がいるから、来てくれないって、かなでにお願いされたから来たのよ」
天ネェは、ぷくーと頬を膨らませる。
いつもなら、「迷子の子と遊んであげるなんて、私のかなではとっても良い子。優しすぎて、お姉さんどうかしちゃうわ」くらい言ってもおかしくないはずだ。
「何で、そんなに不機嫌なの? アイスの棒分けてあげたから、怒ってる?」
「お姉さんは、そんなことで怒りません!」
プイ、とわざとらしく顔を横に向ける。
我が姉は、怒っていても、態度や仕草が可愛らしい。
「そんなことより、アンタ、かなでから離れさない!」
ソプラちゃんに狙いを定めるように、人差し指を勢いよく突き立てる。
きっ、と睨みをきかせるその瞳には、明確な敵意が込められていた。
「天ネェ、ソプラちゃんと知り合い? だとしたら、何でそんなに険悪なわけ?」
毒気を抜かれたように口がぽかーんと開いて、天ネェは俺を見る。
「……かなで、ソイツのこと、覚えてないの?」
「覚えてないもなにも、初対面だろ?」
銀髪の女の子にはちょっとばかし嫌な記憶はある。けど、記憶の中のソプラは俺のことを気持ち悪いと思っている。
横にいるソプラちゃんみたいに明るい顔をするとは思えない。それに髪型も違う。
なら、他人の空似だ。
外国人が日本人の区別がつかないように、
日本人も外国人の区別がつかない。
「気持ち悪い」と言った、記憶の中のソプラは高飛車な感じだ。
幼少期の甘い思い出、可愛かったソプラと似ている部分もあるが、あれは俺の幻想だったに違いない。
「たぶん、勘違いしてるみたいだけど、他人の空似だ。名前も同じで、見た目も似ている。類似点がここまで揃っても、俺は同一人物とは思えない」
ならば他人と言える。
「……カナデ、ごめんなさい。ソプラは草凪ソプラだよ」
弱々しい言葉で、ソプラちゃんは言った。
過去の記憶と今が同期して、直視してはならない現実が目の前にある。
「全然成長していない!」
草凪ソプラは中学の頃から身長がほとんど変化していない。
変わっているのは態度だけだった。
「ソプラ、成長してるもん……дурак(バカ)」
成長したでしょ?と言わんばかり、銀髪少女は成長の証明として俺の背中に押し付けてくる。
拗ねたかと思えば、俺に触れて顔がニヤつく元幼馴染さん。
けれど、幼い時に一緒に遊んでいた元幼馴染の姿が、そこにはあった。




