元幼馴染の名前は草凪ソプラである1
うだる暑さの中、俺はアイスを買いにコンビニまで散歩していた。
今はその帰りだ。
蝉の鳴き声に、肌を刺すような日照り。
アスファルトからは景色を屈折させるほどの熱気が放たれている。
夏休みも半ばに差し掛かっていた。
そろそろ夏祭りが近くの神社で開かれる時期だ。
詩にゃんでも誘おうか。
まりんも誘わないと拗ねそうだな。
いや、まりんのことだ。自分から誘ってくるに違いない。
俺をいつまでも受け身系ぼっちと思ったら大間違いだ。
俺から誘ってやろう。
きっと小悪魔カウンターしてくるだろうが、返り討ちにしてやるんだからね。
数多の甘ラブな試練を乗り越え、呼吸の仕方を覚えた俺は宇宙服を纏い、船外活動をする宇宙飛行士のごとく。
死ぬのが怖いからその先の景色を見ないと選択する者は、ただの臆病者だ。
最後の最後まで生きるようと足掻いてこそ人生というものだろう。
そう、信じさせてくれたユニークフレンドが俺にはいる。
詩にゃんはマジで可愛いくて最強の俺の推しだ。
マンションのエントランス前までたどり着いた。我が家はもうすぐだ。
マンションが日を遮り作られた影、その境界を跨ぎ涼しさが肌を冷やす。
冷房の効いた部屋はさぞ楽園だろう。
「カ、カナデ、くん……」
マンションのオートロック前で、青い日傘を持った黒いワンピースの女の子が立っていた。
こんな暑い日に、黒い服を選択するなんて正気じゃない。
俺に女の子の知り合いは、まりんと詩にゃんだけだ。
……そういえば、クラスの新山と古谷も知り合いに分類されるのか?
いや、同じ組織の顔なじみくらいだろう、たぶん。
「その……」
傘に隠れて顔が見えない。
俺のことを知っている。
天ネェの知り合いか?
もしかしたら、油断を誘って、背後から現れた黒尽くめの男たちに薬を飲まされ、気がついたら――
なんて、展開もあり得る。
取り敢えず、俺はポッケに入れている防犯ブザーに手を伸ばす。
目の前にいる人間が敵かどうか分からない。
「ひ、久しぶり、だね。元気してた……」
人に元気を尋ねる割に、元気のない声だった。暑さにやられたか?
知らない人が俺に声をかけてくるときは宗教の勧誘か落とし物を拾ってくれた時くらいだ。
駅前でビラとか配ってるけど、あれって効力あるのかな。
見ず知らずに話しかけられることは少ない。
中学の同級生は俺を見かけたら、ヘラヘラした態度で、俺のことを聞いてくるからな。
女子からは「彼女いるの?」「まだ、傷心中?」「もしよかったらこの後、暇?」と馬鹿にされ、男子からは天ネェの連絡先を聞かれる始末。
ろくな事にはならない。
女の子は少しずつ距離を詰めてくる。
背後に怪しい気配はない。
なら、この子一人?
どちらにせよ、軽い気持ちで俺に関わると痛めみるぞ。
俺は防犯ブザーのスイッチを入れ、コケるふりをして女の子の足元へブザーを転がした。
ビビビッー!と激しい音が鳴り響き、女の子は尻もちをついた。
やべ、ちょっとやりすぎたか。
「て、手が滑ったぁー」
下手くそな言い訳をしながら防犯ブザーを回収して音を止める。
傘を落とし隠れていた顔が見え視線が合う。
少女の翡翠の瞳が、過去の残影の輝きと重なる。
銀髪のショートの小柄な少女。
どこかで見覚えがあるような……
「ア、アーイ! ……オーイ、ボ、ボールィノ……」
発音が良いな。なんて言ってんのか全然分からないけど。
黒尽くめの男達も、厳ついボディガードも出てこないところを見るに、ただの日本人離れした女の子みたいだった。
「Sorry……May I help you?」
英語は万国共通語だ。
日本人の英語力なんて、ThankyouとSorryくらいしかない。
俺の今の発言も、何か手伝いましょうか?って意味合いだったはずだ。
「え、いいの!?」
日本語喋れんのかい!
「君、日本語上手だね……」
「ソプラを客として招待してくれる。ふへへ、Я рада(嬉しい)」
……ソプラ?
俺のこれまでの交友関係の中でソプラと名乗る女の子は一人だけだ。
銀髪で、瞳の色が緑色、人形のように整った美貌を持つ遺伝子に恵れた女の子。
俺を盛大に振ってくれた元幼馴染の女の子、草凪ソプラしか俺は知らない。
そして、目の前にいる女の子の特徴も一致している。
忘れていた、というより選択肢から外していた。
だって、草凪ソプラは俺を気持ち悪いと言ったのだから会いに来るわけがない。
あと、記憶の中のソプラはこんな推しを愛でる時の腐女子のような顔は一度もしたことがない。
「僕の名前は、山田太郎だよ。人違いじゃないかな」
怖かったから、偽名を名乗る。
つい最近読んだ、短編小説に出ていた主人公の名前だ。
「Врёшь(ウソ)、youはカナデ」
色々混ざってないか?
尻もちをついていたソプラ(謎)は立ち上がる。
トーンが貼られたような建物の影に重なり、
太陽に照らされた夏の空と雲を背景とした、
青春のワンシーン。
「ソプラは……カナデのмилашка(可愛い人)になりにきたよ」
甘く、熱の籠った声音で、ソプラ(謎)は高らかと宣言する。
ミラーシュカって、どういう意味だ。
ここは日本なんだから、日本語で言ってくれないと通じないよ。




