八木奏はドレスコードが大事だと常々思う4
俺は自宅の脱衣所で水着に着替えていた。
今から女の子とお風呂に入るからだ。
別にエロいことなんて何もない。
ただ、入るだけだ。
水着を着た者同士、同じ湯船に浸かるだけ、レジャー施設でも温水プールとかあるじゃん、それの自宅バージョンだ。
「着替えたよ」
脱衣所の扉の前で待機している二人に声をかける
スライド式の扉が開かれ、水着姿の少女二人が脱衣所へ足を進める。
「お楽しみタイムの始まりね」
まりんは自分が水着姿でいることに、恥ずかしさを感じていないようだ。人様の家で水着姿になろうと策略するくらいだもんね。
「そんなにまじまじ見てるけど、私のプロポーションに見とれてるのかしら?」
「目の保養にする程度には、心の余裕が今の俺にはある」
「詩子、奏が見惚れてるみたいよ、やったわね」
いやいや、小動物とか芸術品を眺める感じの保養だよ。
「リンちゃんに見惚れてるんだよ、私はリンちゃんみたいにスタイル良くないもん」
「詩子が可愛い! 抱きしめる」
まりんは詩にゃんに抱きつく。
浴室一歩手前でこのテンション。不安しかない、俺は風呂場で何をさせられるんだよ……
「ほら、奏、詩子は可愛いわよね」
「何言ってんだ、詩にゃんは超可愛いんだよ俺も抱きしめたいね」
「なら、抱きしめればいいじゃない」
「詩にゃんにお願いされたらそうするさ」
軽口を叩くのはもはや俺のルーティンになっているな。
「私は……メェー君になら抱きしめられても、いいよ?」
期待を込められた眼差しがむず痒い。
詩にゃんが甘えたいとご所望なら、俺に否定する理由はない。
否定する理由はないんだけど、どう返答すればいいのか言葉が出ない。
詩にゃんは俺の沈黙を否定と捉えたのか、ちょっと表情が暗くなり始める。
「じょ、冗談ですよ。引っかかりましたね……ははは」
詩にゃんは冗談が慣れていない。最後には声が乾いていた。
まりんが俺を睨んでいる。
分かっているよ、勇気を出して甘えたのに期待した返答を貰えなかったんだ。ショックに決まっている。
勇気には勇気で応えるのが礼儀だ。
俺は詩にゃんの背中から左腕を回して肩を抱き、右手で腰を寄せる。
前回は後ろから抱擁したが、今回は正面からだ。詩にゃんの顔が真横に来る。
下着姿と同義の男女がゼロ距離で密着している。
どう見ても異常事態だ。
ほぼダイレクトに感じる詩にゃんの肌の感触と体温。詩にゃんの心臓の鼓動も肌で感じて、不思議な感覚だ。
悪くないな。
「メェー君、お腹に何か当たってますよ?」
思春期には刺激が強いことには変わりないんだけどね。
「本能だから気にしないでくれると助かる」
「本能?」
詩にゃんは本当に理解していないのか、声が「ご飯まだ?」と拍子抜けするほど日常的なものだった。
「詩子が好きってことよ」
「その通りなんだけど、あんまり触れないでくれると助かるよ」
「私としては、もっと弄っていきたいのだけど」
「ねぇ、わざとそういう言い方してるよね。品性を忘れないで、最近乱れすぎてますよ」
「失礼ね、いやらしいと思うからいやらしく感じるのよ。詩子もそう思うでしょ?」
腕の中で大人しくしている詩にゃんは、俺を抱きしめてきた。
「はい、思います。でも、リンちゃんはスケベだと思います」
「スケベって、二人にしかしないわよ。私をスケベって言うけど、触られて喜んでる詩子も同類よ」
「いやらしく思うから、いやらしく感じるってリンちゃんが言ったんですよ?」
まりんの使った言い訳が、まりんに綺麗なカウンターを決める。
詩にゃんにとって、俺への抱擁はいやらしくない。立派な友好行動であり下心はない。
対して俺はどうだ。
生物としての本能が機能している。そればかりは仕方のないことだ。生物として正常なんだから、そこが機能しないとある種の病気だ。
否定しない。俺は詩にゃんに抱きついて興奮している。
あくまでも感情の高まりが体に出ているだけだ。
童貞の血しか好まないヴァンパイアとか、一対一の殺し合いでしか興奮しないハンターとかと同じ類いだ。皆そういうの否定はしないだろ、それは理解できなくても共感しているからだ。愛は人それぞれだって。
「私はスケベじゃないわ。詩子と奏が好きなだけよ」
まりんにとっての愛情表現もその類いなのかもしれない。
「……ほら、イチャつくのはお風呂に入ってからにしましょう。奏が慣れ始めたわ」
「何を企んでんだよ」
「それは入ってからのお楽しみよ。二人ばかり楽しんでて、ずるいわ。早く入りましょう」
俺を使って何を楽しむつもりなのか。だいぶ耐性がついた俺を簡単に翻弄できると思うなよ。
さて、詩にゃんを離さなきゃならないんだよね。もう一度抱きつきたいときはお願いしたらいいのかな。
抱擁を挨拶代わりにできるようになってからが、一人前のデュエリストの証だ。
欧米でもハグやチークキスを挨拶としてやってるくらいだし、価値観を更新していけばいいだけだよね。
名残惜しさを残しつつ俺の腕から詩にゃんを解放したが、詩にゃんが俺を手放さない。
「詩にゃん、お風呂入るから手を離そうね」
子供をあやすように頭を撫でると、一瞬強く抱きしめた後、詩にゃんは俺から手を離す。
凄く満足そうな笑顔をしているから、嫌ではなかったようで何よりだ。




