お姉さんのブラコンは終わらない2
天ネェの想い人が誰かは知らない。
俺かもしれないし、他の人かもしれない。
観測しなければ事象は確定しないんだ。
シュレディンガーさんは良いことを言う。箱の中に猫を入れて毒ガスを流しても、中身を観測しない限り、生きている状態と死んでいる状態が同時に存在していると言うんだからね。人の想いだって同じだと俺は思うんですよ。
観測しない限り、天ネェの気持ちも、俺の気持ちも確定しない。
俺はそんな狂気じみた実験をするつもりはないけど、天ネェの想い人なら、きっと天ネェを泣かせないだろう自信を持っている人のはずだ。
じゃなきゃ、俺許さないからね。
未来の義兄弟に圧をかけていると、天ネェが俺に抱きついてきた。
「お姉さんの勉強タイムは終了です。残りの今日はかなでに甘えるからね」
『ぱふぱふ』とは『柔らかいもので物を挟む』って意味だ、旅に出るなら皆騙されないようにね。例えスライムとスライムで挟まれたり、枕と枕で挟まれたりしても、効果音が『ぱふぱふ』鳴っても、それがぱふぱふなんだ。
最上級のぱふぱふは確かに存在している。
目を閉じれば、シュレディンガーさんがその感触を楽しんでいいって言うんだよ。最高かよ。
頭を完全ホールド、俺の心がアンチコールド。
取り敢えず、天ネェが飽きるまで俺は不動のデュエリストになっておこう。
「かなで、お友達とプールに行くんだっけ?」
チキン小鳥遊からお誘い来てたんだった。
天ネェのぱふぱふタイムを犠牲にしてまで行くべきだろうか。
「いや、天ネェの抱き枕にならないといけないからね。仕方ないね」
家族との用事はいつだって優先される。
旅行、誕生日、祝い事、等など。他人と遊びに行くのを断るには十分過ぎる。
「お姉さんは……かなでのために今日は我慢します!」
天ネェが俺から離れる。
デレデレ、デレデレ、デレデレ、デレデレ、デデンッ!
そんな効果音が脳内で流れ、俺はそのまま倒れ込んだ。目の前が真っ暗になり、教会で蘇生されることだろう。
「お姉さん、お勉強一人で頑張るから気にしないでいいよ!」
天ネェが勉強を再開した。
チラチラ、俺を見てくる。一度切れた集中力はすぐには戻らないようだ。
俺が家に居ても邪魔になりそうだな。
仕方ないから、小鳥遊の相手をしてやるか。
スマホの画面を開き、俺達のグループチャットに『今日、小鳥遊から連絡あってプール行かないかだって、二人はどうする?』と送信した。
すぐに既読が付き返信がきた。
『メェー君、ごめんなさい。今日、リンちゃんとお出かけしてるから無理です』
『奏、ごめんね。詩子とデートしてるから無理よ!』
二人はデート中らしい。
仲がよろしいようで良かったよ。
俺に声がかかってないのは、男子の俺には知られたくないことでもあるんだろう。
『了解した。一応、二人に確認するけどさ、俺は他の人と遊んでええの?』
『え、何で私達に聞くの?』
『いや、前に俺が寂しがるから、一声かけてみたいなこと言ってなかった?』
教室でそんな話をした記憶がある。
だから、小鳥遊は詩にゃんを俺のマネージャーと言っている。
『単なる言葉の綾よ、私達を差し置いて他を優先するのは許さないってね。今回は奏を仲間外れにしちゃったし、好きにしてもいいわ』
随分と勝手な理由だけど、深くは考えまい。
『わかった』
二人とのやり取りを終えて、俺の交友許可が下りた。二人に交友関係管理されてるのが謎だが、特に困らないから別に問題がない。
小鳥遊と二人きりでプールか。
普通に嫌だ。
二人きりということは、常にその一人と対話をしないといけなくなる。沈黙を貫けば、そもそも一緒にいる意味がない。
古谷と新山だっけ?
クラスのグループチャットからアイコンを見つけて、個人チャットで連絡してみるか?
……いや、ていうか、それなら小鳥遊がすればよくね?
仕方ないから、チャットを送ってみた。
特に仲良しでもない奴に送るのは気が引けるが、業務連絡みたいなものだ。
『突然失礼、今日小鳥遊からプールに誘われて、女子もいないと不満らしくてな、まりんと詩にゃんはいけそうにないから、誘ってみた。嫌なら断ってくれ』
まぁ、こんな感じでいいだろう。
古谷と新山に同じ文で送信した。
十中八九断られるだろうけど、小鳥遊と違って俺は行動した。勇気とは恐怖を知ること、恐怖を乗り越えて我が物にすることだ。
チキン小鳥遊に心の中で勇気のマウントをとる。
『いいね、八木君からのお誘いだ! いくよー』
『ふーん、アタシに声をかけるとはいい度胸してるじゃん。暇してたし行ってやんよ』
思いの外、アクティブな二人だった。
小鳥遊がこの二人とどれくらい親密か知らないが、俺からすれば全員ほぼ知らない人になるな。
なんか一気に面倒臭くなってきた。
お腹の調子が悪いって言って俺だけ離脱しようかな?
取り敢えず、後のやり取りは小鳥遊に任せよう。
俺は適切な言い訳でも考えるかな。
「かなで、なんかサボる時の顔してるよ? そのお友達とプールは嫌なの?」
天ネェは心配そうに俺を見る。
「ま、まさか……ソンナコトナイヨ」
視線を逸らしカタコトになる俺。
「そんなに不安ならお姉さんも一緒に行くよ!」
ばんっ、とテーブルを叩き立ち上がる天ネェ。
姉同伴でクラスメイトとプールだと……
死地に一人で乗り込んだほうがマシだ。
「大丈夫、俺一人でもやれるよ」
「プール、かなでとプール」
もう天ネェの頭の中は、プールに行くことに切り替わっていた。
箱の中身が確定した以上、シュレディンガーの猫の生死は決まっている。
せめて、猫ちゃんには生存していてほしいと願うばかりだ。




