夏休みはまだ始まったばかりである4
家から駅まで三十分くらいの距離になる。
詩にゃんは来る際電車を使った。
なら帰りも電車だと考えるのが普通だ。
早歩きしながら道を辿る。
外へ出ると日差しが強かった。
これは歩く足も重くなりそうだ。
俺が少し速いみたいだから、適度にまりんと歩幅を合わせる。
特に話すこともなく、無言で追いかけていた。
詩にゃんが素直に帰路についた保証はない。
気分転換に道草を食っているかもしれない。
夏休みは始まったばかりで、時間なら沢山ある。
蝉の泣き声が響き、太陽の熱が肌を焼く。
普段から運動なんてしないから息が切れる。
少し足を止めたいけど、そんなことも言ってられない。
冷房の効いた部屋に戻りたくなってきたが、そんな弱音はまりんと詩にゃんを仲直りさせてから言おう。
「詩子を見つけたら、力一杯に抱きしめたほうがいいかしら……」
まりんは小さく呟いていた。
俺に意見を聞いてるように見えない。
自分に言い聞かせ、どうすればいいのか模索してるみたいだ。
覚悟は決めても、怖いものは怖い。
詩にゃんに手を払われる未来だってあるかもしれない。
例え、それが杞憂に終わる確率の方が高いと分かっていても、たった一%でも起こりうるなら、不安になる。
詩にゃんにとってもまりんは特別な存在のはずだ。
彼女もこのまま関係が拗れていくのを良しとはしないと思う。
「……いた」
駅に着く前に、詩にゃんを見つけた。
重い足取りで、ゆっくりと歩いていた。
後ろ姿から見ても、元気がなさそうに思えた。
まりんが勢いをつけて走り出す。
俺もまりんの背中を追いかけた。
「詩子!」
両手で詩にゃんの肩を掴む。
詩にゃんは驚いた様子で足を止めた。
「リンちゃん、何で……」
「詩子に、謝りたく、て……追いかけてきたの」
まりんは息切れで途切れ度切れに言葉を繋ぐ。
「……」
詩にゃんは何も答えない。
何て声をかけたら分からないのかもしれない。
「私、自分勝手に色々と詩子に甘えてた。詩子なら許してくれるって、嫌いにならないって……」
まりんは後ろから詩にゃんの肩を掴んだまま、頭を下げている。
「初めてできた友達だから、嬉しくて調子に乗って、詩子を怒らせた。奏にも迷惑をかけた。全部、自分の思い通りにしようとした」
まりんは叫ぶように言葉を吐き出した。
詩にゃんの肩から手を離し、彼女の正面へと回り込む。
泣き出しそうな想いを我慢して、まりんは頭を下げる。
「――ごめんなさい」
まりんは一方的に謝っている。
詩にゃんの気持ちを全部受け入れる覚悟があるから。
思いの丈を全部伝えたのだ。
「私、リンちゃんの我儘なところ嫌いじゃないよ。でもね、節度は持ってほしいって思ってる」
「もう詩子に嫌われないようにするから……嫌いにならないで」
「リンちゃん、嫌いになんてなってないよ」
「でも、急に帰るって言った」
「それは……」
詩にゃんはしゃがみ込んで、頭を下げるまりんの顔をのぞき込む。
「あんなふうに人に強く言ったのは初めてで、私も動揺してたんだよ?」
迷子の子供を慰めるように優しく告げた。
「私もリンちゃんに嫌われたらどうしようって思っちゃって、リンちゃんの顔を見るのが怖くなったんだ」
「嫌いにならない?」
詩にゃんは立ち上がりながら、まりんの胸に飛び込み抱きついた。
「私はリンちゃんが大好きです。嫌いになんてなりません!」
「う、詩子!」
「私もね、リンちゃんに嫌われたらどうしようって、考えてたよ、だからお互い様だね」
まりんはどうすればいいのか分からない様子で腕が迷子になっている。
「詩子は私を嫌いにならない?」
「ならないよ……頭撫でないの?」
「き、嫌われたくないからできないわ」
「恥ずかしがりや?」
「ち、違うわよ」
いつもとやってることが逆転してるけど、和解をしたのなら良かったと思う。
「仲直りできて良かったね」
俺はまりんの頭を撫でてやった。
頑張った子には褒めてやらないとね。
まりんからの反応がない。
あれ、もしかして嫌だった。
照れ隠しだよな、そうだよね?
「奏、もっと、撫でてもいいわよ」
俺が撫でるのやめたら催促してきた。
「メェー君、私は?」
「お、おぅ、詩にゃんも頑張ったもんね」
もう片方の手で詩にゃんを撫でる。
それなりに人通りがあるから、なんか恥ずかしくなってきた。
「あの、もう満足したかな?」
まりんと詩にゃんは顔を見合わせ、にんまりと笑い合う。
「もっと撫でてほしいです」
「全然足らないわよ」
あら、仲良しですね。
仕方ない。満足するまで撫でてやりましょう。
俺は長男だからね。次男だったなら甘えてた。
まりんが詩にゃんと仲直りできて安心した。
人の縁なんて簡単に切れるものだ。
時間が経てば経つほど、その溝は広がっていく。
もし今日仲直りできずにズルズルと不仲が続いていたら、本当に疎遠になって自然消滅だってあり得たかもしれない。
今回の件で、二人の友情は深くなったように思えた。
まりんは失恋することが自分の価値を証明する絶対証明だと思っている。
だから、絶対に惚れない俺を失恋相手に選んだ。
可愛くて魅力的で見目麗しい美少女に心の底から好かれた男がその恋心を否定すること。
それで、ちゃんと中身を見てもらえたと信じられる難儀な女の子。
詩にゃんの友愛をまりんが信じられているのかは知らない。
けど、詩にゃんに一度否定されたと思い込み、必死に追いかけて謝った。
その姿は誰もが羨む美少女だったとは思えなかった。
ただの不器用な一人の女の子だった。
きっとまりんだってわかってるはずだ。
詩にゃんはちゃんと中身をみてくれたと。
それを信じるには十分だと。
それが期待や希望が混ざった甘言だったとしても、
裏切られるリスクを背負えなければ、
価値のあるものにはなり得ない。
失恋がしたい美少女は失恋せずとも自己証明した。
俺はそう思ってしまった。
まりんの本心がどうなのか知らない。
もしかしたら、俺が失恋相手として機能してることに絶対な自信を持っているから、それ以外のことを信じることができたのかもしれない。
最終的に俺が見つけてくれるから。
俺は目の前の尊い友情を壊さないと、改めて心に誓う。
☆★
俺の部屋では勉強会の続きが行われていた。
まりんと詩にゃんが肩と肩を触れ合わせ、仲良くペンを動かす。
前よりも自然と笑えている二人を見て、微笑ましく思えた。
喧嘩して一時間も経たずにして仲直り、器用なのか不器用なのか分からないけれど、それだけお互いに気持ちが近いという証明なのかもしれない。
「奏、ありがとうね。私一人だったら、きっと詩子と話すのを諦めてたわ」
「メェー君がいなかったら、リンちゃんと仲良くなれなかったと思う。ありがとう」
俺は本当に何もしていない気がするけど、感謝されるのは悪い気はしない。
「あー、その、俺の方もありがとうな。二人がいなかったら、あんな青春劇の当事者になれてなかったと思う」
青春と失恋を担保にして結ばれた契約から始まった俺達の関係性。
最初はどうなるかと思ったが、意外と悪くないと思う。
学校一の美少女が失恋した一点を除けば、綺麗なハッピーエンドで幕を閉じれるんだが……。
「奏が青春を謳歌できてるなら良かったわ」
人の気も知らないで美少女様は笑っている。
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