夏休みはまだ始まったばかりである3
友達同士の喧嘩なんて俺には縁のないことだと思っていた。
卒業式の当日になって泣きだす奴が理解できねぇと思うくらいに、理解できない類いだ。
だが、当事者かつ原因を目の当たりにしてしまった以上そうとも言ってられない。
詩にゃんが怒った理由だ。
まりんが悪ふざけするなんて日常茶飯事だ。
今回もその延長みたいなものだと思っていた。
今日は色々と距離を詰めすぎたせいで、グレーゾーンに立っていることに気づけなかった。
だから、思わず踏み外してしまった。
まりんはまだ、泣いている。
時計の針はあれから五分進んでいた。
まりんだって悪気があったわけじゃない。
いつものように悪ふざけをしていただけだ。
詩にゃんなら受け入れてくれると信じていたから。
それがたまたま、悪い方向に傾いてしまっただけである。
憶測でしかないが、詩にゃんが怒ったのは俺のためだと思う。
俺の尊厳を守るために怒ったんじゃないだろうか。
別にまりんにいじられた程度で傷つくほど俺は脆くはない。
詩にゃんにとっては俺に対する侮辱もしくは自身に対しての配慮の欠如として判断したのかもしれない。
こんな時、どう行動すれば良いのか俺は答えを出せないでいた。
「詩子、詩子……」と泣きじゃくるまりんの傍で座り込むことしかできない。
どんな言葉をかければいいのか、どう慰めればいいのかも分からない。
何もしないことが正解な気がして、ただ泣き止むのを待っていた。
落ち着いてきたのか、まりんの泣き声が収まっていく。
暫くの沈黙の後、まりんが口を開く。
「人から拒絶されるのって、こんなにも悲しいことだったのね」
震えた声で呟いた。
「どうでもいい奴なら、そこまで泣かないよ」
「うん。詩子は大親友だもの、でも、もう……」
「ちょっと、喧嘩しただけで拒絶されたわけじゃない」
拒絶ってのは、一方的に否定してくることだ。
たった一言、気持ち悪いと言えばいい。それだけで、抱いていた気持ちは行き場を失う。
言った側はまるで空気を吸うように言葉を吐き出すんだ。
それが拒絶だ。
でも、今回のは違う。
「詩にゃんはまりんと真剣に向き合ってるから、あそこまで怒れたんだよ。だから、まだ終わってない」
「……本当にそうかしら」
「そうだと思う。けど、仲直りの仕方を間違えたら絶縁コース真っしぐらなのは事実なんだよね……」
「……」
まりんにとって、詩にゃんは自分の力で勝ち取った友達だ。
だから手元から失ったと思ってしまい泣き出した。
失恋したいなんて言い出した奴が、友達一人でここまで泣いていて大丈夫なのかと不安になる。
でも、それを今聞くほど俺は外道ではない。
まりんは、詩にゃんに『ひとりぼっち拒絶症候群』だと診断したことがある。
寂しがり屋の自分を隠すため、切り捨てても傷つかない広く浅い繋がりで自分を隠す。ひとりぼっちの自分を拒絶する病気。
詩にゃんがそれを乗り越えたかは分からない。
自ら手を離すような真似は相当恐怖を感じるはずだ。
そんな事を考える隙もなく怒ったとしたら、今頃、詩にゃんも泣いてるかもしれないな。
案外、直ぐに仲直り出来そうな気もするけど、根拠のない慰めなんてしてもまりんは納得しないだろう。
「仲直りするにも、詩にゃんが怒ってこの場を去った理由を理解しないとね。ただ謝られても気分を良くするものでもない」
「それもそうね……」
「理由、わかるよな?」
「奏を困らせたから詩子が怒った……」
「そうだね、他には?」
「詩子にセクハラした……」
「それもあるかもね、他は?」
「詩子に甘えすぎてた……」
「うんうん、他は?」
「……ねぇ、まだ私に悪いところがあるのかな?」
まりんは自信をすっかり失くしている。
「それは知らない。でも、自覚できてる範囲でもちゃんと言葉にして謝ることが大事なんじゃないか」
自分で言ってて悲しくなってきた。
人様にそれを言えるほど俺は人間ができてない。
「そうね」
それでもまりんが聞き入れてくれるのなら、言った意味はあるんだろう。
「チャットで連絡するか?」
「いえ、ちゃんと目を見て話をするわ」
まりんはもう下を向いて泣いていない。
ちゃんと、前を向いている。
「まだ駅に着いてないはずだし、追いかければ合流できるぞ」
「ええ、追いかけるわ……奏も一緒に来てくれないかしら?」
「一応、俺も原因みたいだからね。一緒に行くよ」
「ありがとう」
俺はまりんの手を掴む。
「仲直りしてから言ってくれよ」
「奏って時々大胆よね……」
今更握手で動揺するとでも思ってんのかよ。
「耳たぶと間接キスに比べたらお遊戯だよね」
「奏のオスティナート」
「ほら、無駄話してないで追いかけるぞ」
俺はまりんを引っ張る。




