八木奏は期待しない3
――昼休み
朝の失態を謝るべく、詩にゃんに声をかけることにする。
「詩にゃん、今日も一緒にお昼しよう」
「も……う、大丈夫なんですか?」
「ノープロブレム、詩にゃんにお腹さすってもらうのが恥ずかしかったから、動揺しただけだよ。もし、嫌な思いさせてたらごめんね」
「……そ、そうだったんですね。私、嫌われちゃったと思ってビックリしちゃいましたよ」
詩にゃんは、ぎこちなく笑っているような気がした。
もっと、距離を詰めた方がいいのか?
「嫌いにならないよ。もう一度、詩にゃんの歌を聴きたいくらい好感はあるからね」
「歌って……あれですか!」
「そう、俺の姉自作のアレ」
「わ、わかりました。メェー君のお姉さんがいつもリピートしてるやつですよね」
何故だろう、今日の詩にゃんは覚悟を決めている人だ。
まるで、『人をおちょくるなら、逆におちょくられる覚悟を持ってきてる人ですよね』って、問われてる気分にさせられる。
「『すきよかなで、スキだカナデ、スキスキダイスキ、愛してる』――」
――詩にゃんが『愛してるの歌』リピートし始めた。
繰り返すたびに羞恥心も薄まり、丁寧で、真っ直ぐな歌声に変化してる。
今日の詩にゃんは、俺の心臓狙いに来てない。親父ならもっと上手くやるとか言わないよね?
「ストップストップ、ありがとう。最高の歌声だ。聞き入って、スマホで録音し忘れたよ」
詩にゃんの熱唱にクラスメイトの視線が集まる。
一瞬の静寂、ざわめき始めると、拍手喝采。
「詩子サイコーじゃん!」
「委員長可愛いよ!」
「赤月さん、俺バージョンでも歌ってくれ!」
「八木の無茶振りでしょ、よくやり返した!」
どうやら、俺への意趣返しと捉えられているらしい。
「……録音、してもいいですよ? もう一回、歌いましょうか?」
詩にゃんが、冗談っぽく、でも瞳の奥には引かない決意を秘めて問いかけてくる。
皆の聖女様だった赤月詩子は、皆に愛されるアイドルへと成長している。
俺へのファンサを忘れない。
俺は自身の行動理念を思い出す。
まりんに最高の恋心を与えてあげること。
まりんを捨てるくらい詩にゃんを好きになること。
昨日、改めて固めた方針だ。
けど、肝心なことを忘れていた。
詩にゃんに好かれないといけないんだった。
詩にゃんにとって、俺はファンの一人に過ぎないということを改めて実感した。
絶対に裏切らない友達だ。
「詩にゃんサイコー、スマホに録音するからワンモアプリーズ」
俺は詩にゃんの歌をスマホで録音を始める。
「うん、じゃあ歌うね―『すきよかなで、スキだカナデ、スキスキダイスキ、愛してる』……」
推しからの最高のファンサのはずなのに、なぜだか、心から喜べなかった。
俺と詩にゃんが友達の契約を結んで、まだ一週間も経っていない。
「……もう大丈夫?」
「サンキュー、寂しくなった時、これ聴いて自分を慰めるわ」
「寂しくなったら、また歌いますよ」
そう言って笑う彼女を見て、俺の心に小さな棘が刺さる。
誰かに好かれたいなんて、期待を持つから『恋の欠片』は鋭利な刃物に変わるんだろう。
「ヤッホー、詩子。飼いたかったよ!」
「リンちゃん、昨日ぶり、あと私を飼おうとするのは止めようね」
まりんが飛びつくように詩にゃんに抱きついた。
「今日の朝、詩にゃんを愛でに来なかったな、遅刻でもしたのか?」
「何を言ってるのかしら? 昨日は詩子をたっぷり堪能したから、奏にも濃厚な時間を過ごしてもらうためよ。猶予は朝のホームルームまでだけど!」
まりんはいつも通りだな。
「短いな、昼休みも詩にゃんを独占したい」
「私は奏と詩子しか、友達がいないのよ?」
まりんは少し悲しげに弱々しい声を出す。
まりんにとって詩にゃんは特別な友達で、俺は大切な失恋相手。
「よし、詩にゃん、昼めし前にまりんバージョンでも歌ってくれ!」
俺達は、まりんの理解者達だ。
俺は彼女の失恋願望を知っている。
詩にゃんはまりんの強引な友達申請で、彼女の友達への本気も知っている。
「うん、いいよ」
「何の話をしてるのかしら?」
まりんは、この教室が詩にゃんプチライブ会場になっている事を知らない。
「こんな感じかな……『すきよまりん、スキだマリン、スキスキダイスキ、愛してる』」
「ヘンテコな歌だけど、いつまでも聴いていられるわね。じゃあ、私もお返ししないとね……『すきようたこ、スキだウタコ、スキスキダイスキ、愛してる』」
まりんは手を差し伸ばす。
まるで詩にゃんを口説いてるみたいだ。
「相思相愛だね」
詩にゃんはその手を握る。
美少女とアイドルの百合空間。
クラスの連中も、友情なのか愛なのか分からない絆に声が出せない。
何者も汚すことができない聖域のようだ。
「次は奏の番ね」
まりんは空いている手を俺にも伸ばしてきた。
恥ずかしいから嫌だと言える雰囲気ではない。
「『すきよかなで、スキだカナデ、スキスキダイスキ、愛してる』」
俺は俺が大好きだからね。俺による俺のための『愛の歌』を披露してあげました。
俺が道化を演じることで、詩にゃん&まりんの友情の深さを引き立ててみました。
その後、教室にいる全員からブーイングが飛んできた。




