八木奏は期待しない2
月曜日の朝は憂鬱だ。
あと三日で夏休みが始まる。
気分はそれほど悪くはない。
夏休みといえば宿題。
最終日まで残すと地獄を見る。
最初の数日で取り憑かれたように終わらせるのが正解だろう。
俺は答えがあるものは好きだ。
調べたりすればすぐに知れる。
だが、人の心は理解に苦しむ。
考えても、全て憶測になるからだ。
俺は詩にゃんに好かれたい。
『推し活』をしてるスタンスでいるのは、俺の心を守るために最大限できる処置だ。
けど、好きになってもらいたい以上、俺も考え方を更新する必要がある。
そうしないと詩にゃんに失礼だと思うから。
いきなり、態度を変えるとしても、どうすればいい?
まりんを真似てみるか?
セクハラで社会的に死ぬから駄目だな。
詩にゃんを傷つけることになるかもしれん。
登校中、ずっと考えていたら、学校に着いていた。
教室に入ると、見慣れない雰囲気の女の子が駆け寄ってくる。
「あ、おはよう」
いつもと雰囲気がガラリと違う詩にゃんだ。
結んでいたポニーテールをほどき、ウェーブのかかった髪が、おしとやかな雰囲気を醸し出す。
「新衣装お披露目万歳……」
「新衣装?」
駄目だ、脳が勝手に推し活モードに入ってしまう。
「詩にゃん、おはよう。その髪型、可愛いね」
「本当ですか!」
「ぜひとも写真に収めたい。そして、部屋全体を詩にゃんの写真で埋め尽くす」
「そんなことを言われて、許可したら私がそうしてほしいみたいになりますね」
「俺の写真も部屋中に貼り付けていいよ」
「え! いいんですか!」
え……本当にするの?
いつも詩にゃんなら、にゃんにゃんと動揺するはずだ。
「なんか、良いことでもあったの?」
「はい、メェー君に可愛いねって言ってもらいました」
恋の欠片いただきました!
あー、駄目だ。俺の脳がバグり散らかしてる。
理性なのか本能なのかわからなくなってきたぞ。
何か解決案はないか。
天ネェみたいに接してもらうか?
それなら、俺も平静を取り戻せるかもしれない。
「メェー君、大丈夫ですか?」
俺が沈黙してるから心配してくれた。
「いや、姉さんがいつも呟いてる歌をリクエストしたいなーって」
「私の歌が聴きたいんですか、良いですよ。どうぞリクエストを」
「たしか、『すきよかなで、スキだカナデ、スキスキダイスキ、愛してる』をリピートしてるな、いつも」
もう聞き慣れた安心できる歌だ。
詩にゃんは口をパクパクさせて動揺している。
……あれ?
「わ、分かったよ。歌うね。『すきよかなで、スキだカナデ、スキスキダイスキ、愛してる』……」
歌って、両手で顔を隠す詩にゃん。
俺は何を言わせてんだろう……言う方も言われる方も恥ずかしいな、これ。
「悪い、無神経だったね。変なこと言った。ごめん」
「どうしたんですか? いつものメェー君じゃないですよ? お腹の調子でも悪いんですか?」
まぁ、ハラの内は悪いけどね。
「お、お腹、さすりましょうか?」
なんか、今日の詩にゃんは積極的だ。
調子が狂う。
というより、俺が詩にゃんとの接し方が分からなくなっている。
普段通りに振る舞うことに抵抗感を覚えている。
「ありがとう、大丈夫だよ」
「そ、そうですか?」
「ほら、詩にゃんは皆の学級委員長なんだから、ファンサは、平等にしないとね」
「……そ、そうですね」
明らかに落ち込んじゃった。何でだ!?
詩にゃんの笑顔には曇りが見えた。
「メェー君、その、悩みがあるなら聞きますからね。いつでもどうぞ……私、皆に挨拶してくるから」
いつも通りに、手を振りながら、皆の輪に戻っていた。
答えがすぐに導き出せないものは苦手だ。
でも、俺は何かを間違えたのだけは分かった気がした。
クラスの皆に挨拶回りをしている詩にゃんを目で追う。
詩にゃんの髪型の変化に対して、クラスの皆も賑やかだ。
詩にゃんも、皆の反応に笑顔で返している。
先日まで、人との距離を保っていた女の子とは思えない。
広く浅く、手を離されても掠り傷で済むレベルの人間関係を必死に守っていた。
今はその影を感じない。
一度吹っ切れたから、前に進むことが怖くなくなったんだろうか。
詩にゃんと俺は友達の契約を結んでいる。
俺が詩にゃんを絶対に裏切らない友達になるという契約。
その契約が、詩にゃんの『ひとりぼっち拒絶症候群』の薬になっているのかもしれない。
仮に、何も期待しないままの俺が、詩にゃんと接するのが正しいとしたら……
詩にゃんもそれを望んでいるのかもしれない。
なら、俺は絶対に裏切らない友達として、この関係を続けていこう。
あとで、詩にゃんにいつものように、謝らないとね。




