八木奏は期待しない1
今日、一日中、天音お姉さん(天ネェ)に甘えられてしまい、疲れた。
天ネェがあんなにブラコン気質になったのは、俺の大失恋が原因だ。
子供が『将来、大人になったら結婚しようね』なんて口約束を真に受けた。
八年間、ひたすら努力した結果、『気持ち悪い』の一言で玉砕。
反動で、人に期待を抱かなくなった。
裏切られるのも怖い。
別に裏切る気なんて、元幼馴染(俺が一方的にそう思ってた人)には、これっぽっちも無かったんだろう。
抱いた期待の大きさ分、俺が勝手に傷ついただけだ。
他人事みたいに思える。
過去の俺と今の俺を同一で扱うには無理がある。
八木奏という男は、昔は努力家だった。
たった一つの約束を守るために、何でも頑張っていた気がした。
幼児の可愛い口先だけの契約。
効力なんて何もない。
それを馬鹿みたいに八年間も信じ続けていた。
信じなければ、期待しなければ、こんなにも失望しなかったかもしれないのに。
天ネェはそんな俺を励ますかのように、全肯定するようになってきた。
好きだよと、嫌いにならないでと、毎日のように言ってくる。
心の隅に、『期待したい』という感情が残っていたから、青春を謳歌したいなんて思っていたんだろう。
まりんは失恋に協力する対価に青春をくれると言った。
そういう契約を持ちかけてきた。
契約といっても、ただの口約束だ。
守られる保証なんてない。
理想のため、
『青春を提供できなきゃ、恋人になる』
なんてリスクを負う。
絶対的な美少女である自分を否定されたい。
それが自己証明だと信じている。
そんな極度の人間不信の女の子。
そんな彼女を、『気持ち悪い』の一言で無視できなかったのかもしれない。
臆病で小心者の俺には、契約という言葉で縛らなければ、行動することもできない。
俺には断る理由がなかった。
「でも、俺を本気で好きになった奴を振らないといけないんだよな……あの時は、簡単だと思ったんだけどな」
そのための言い訳が詩にゃん。
まりんが俺を本気で好きになるというなら、
俺は本気で詩にゃんを好きになるしかない。
詩にゃんのことは人として大好きだ。
異性としても、好きだが。
これは本当に詩にゃんのことが好きと言えているのだろうか。
……そもそも、好きってなんだ?
天ネェは好きだ。家族だから。
なら、他は?
まりんは変な奴だが、嫌いじゃない。
詩にゃんは可愛い、俺の心のオアシス、推している。
そもそも、俺はどうして八年間も片思いをしていたんだろうか。
粉々に砕け散った今では確認ができない。
昨日、まりんの口に挟まれた指を見る。
その時の体温や感触を思い出すと、むず痒い。
まさか、これが恋の欠片なんて言わないよな。
きっと、知的好奇心が揺さぶられただけだ。
「天ネェに指を舐めて貰って確認してみるか? いや、さすがにそれは……」
天ネェの暴走が加速しそうだから止めておくか。
いや、深く考えるな。
俺の目的はシンプルだ。
まりんに最高の恋心を与えてあげること。
まりんを捨てるくらい詩にゃんを好きになること。
結論、詩にゃんを推していこう。
詩にゃんの髪を下ろした姿を写真で催促した。
嫌だと言われた。
あんな優しい人がそう言うくらいだ。
俺は詩にゃんに、異性として見られていない恐れがある。
詩にゃんは今まで心を許せる相手はいなかった。
俺やまりんの距離感の詰め方に戸惑いもあると思う。
それと同時に嬉しいと思っている……はずだ。
契約上の友達という建前を盾に、距離感を無視しすぎたか?
家族以外の接し方がわからない。
俺のコミュ力は配信者に送った言葉が、基礎となっている。
まともな会話は無理だ。
ピコン、とスマホが鳴る。個人チャットに何か投稿されたみたいだ。
そこには髪を下ろした詩にゃんとまりんが肩を抱き寄せて撮られた写真がアップされていた。
『私と詩子のツーショットはどうかしら?』
詩にゃんが最高に可愛いです。
『スマホの待ち受けにしてもいいわよ』
『詩子は、髪を下ろした姿を直接見せたかったみたいなんだけどね』
『私が詩子が奏に見せるのが嫌って言ったって嘘ついたでしょ』
『今頃、悲しみのあまり、奏が可哀想だから見せてあげようと思って、詩子に黙って見せてあげる』
『詩子には内緒ね』
『明日、詩子に見せて懇願して褒め倒してあげるよ』
怒涛の連投。
それと同時に、まりんの嘘に翻弄されていた。
そうだよ。詩にゃんは可愛くて優しいんだよ。嫌だったなら、恥ずかしいから見せたくないってオブラートに包んで伝えるだろう。
しかし、残念なことに俺のスマホの壁紙は天ネェの写真が占領してしまってる。




