八木天音は弟の努力を知っている1
私の名前は八木天音。
奏のお姉さんにして、今年受験生の高校三年生である。
昔から、考える前に行動する癖があり、弟の奏には迷惑を掛けていた。
私は、弟が大好きだ。
私がどれだけ迷惑をかけても、優しく諭してくれる。
子供の頃、駄菓子で会計もせずお菓子を食べてしまった時、奏が庇ってくれたのを今でも覚えている。
お母さんの拳骨を私の代わりに受けてくれたのに、私にルールを優しく教えてくれた。
奏に迷惑をかけないために、私は冷静さと賢さを身につけようと思った。
その成果もあり、奏の前だけ、思考を置いてけぼりにしてしまうようになった。
私の弟はちょっと、心の病にかかっている。
ある出来事がきっかけで、自分以外に何も期待しなくなってしまった。
そんな病にかかった奏が、家族ですら心を開かなくなるかもしれないと怖かった。
だから、私はちゃんと言葉にして伝えるようにしている。
何のストッパーもフィルターもかけない、私の愛を。
「かなで、朝だよ。起きないと、かなでを抱き枕にしてお姉さんも一緒に寝ちゃうぞ。で、かなでに今夜は寝かせないぞって言われるんだ。きゃー」
「おはよう……さすがに一日中ベッドで過ごすのは勘弁してくれ。あと、今日は……ちょっと出かけるから、どのみち無理だ」
「漫画でも買いに行くの? それとも映画館に行ったりして、お姉さんも一緒に行く!」
「悪い、知り合いと会う予定だから……また今度な」
私の額を二本の指で突く。
これ、アニメで見たやつだ!
「そんな手に引掛からないよ。かなでのいつも小ネタでしょ。そうやって独りぼっちに休日は過ごさせないからね」
「天ネェ……、気持ちは嬉しい。けど、俺にだって、守るべきプライドがある」
「プライド?」
「高校生になってまで、姉といちゃつくのは、正直しんどい」
「かなでは……お姉さんを嫌いなった? 脱いでも駄目なやつ?」
「嫌いとかじゃなくて……毎日、過剰に甘えてくるから、胃もたれしてるだけだよ……、あと、家族の裸に興奮するほど終わってないからね」
中学の頃までは照れてて可愛かったのに……
「お姉さんは、かなでに甘えたいです。できるだけ我慢するから、いいよね!」
「それ、できないことは我慢しないって言ってるのと同じだから」
「うっ……でも、昨日約束したよね。今度、私に甘えられるって」
「だから、また今度って言ったよね?」
「そんなこと言ってたら、次もまた今度で流されちゃうよ。お姉さんは騙されない!」
「……仮に、今日、天ネェに構わないと、どうなるのかな?」
「ずっと後を追いかけ回すよ」
「マジか……」
「しかも泣きながら」
「絵面がヤバい……」
奏が困ったように頭をかき出した。私の我儘に答えてくれる時の照れ隠しだ。
「お姉さんはかなでが好きだよ!」
「……はぁ、泣かれながら後を追われても、面倒か」
奏はそう呟くと、スマホを操作し始めた。
こっそり、画面を覗き込む。
「か、かなでが……チャットしてる!」
「普通だろ?」
「ねぇ、騙されてないよね。いくらお金使ったの? お姉さんじゃ愛が不足してた? かなで死なないでぇぇ……」
思いっきり奏を抱きしめる。
私を感じてもらう。
死んだら、この鼓動も熱も無くなるよって全身で教える。
「大丈夫だから、俺が金を払ってまで、人とチャットすると思ってる?」
「……思わない」
「だろ?」
人間不信の奏が知り合いとチャット。
考えられるとしたら、ゲームのオンライン上の知り合い。
いや、現実で会う約束をしていたことから、もっと身近な関係のはず。
「かなで、友達ができたの?」
「えっと……名義上そうなってる、かな」
まるで、何かの契約書に、友達として名前を記しているような言い方だ。
「本当に……大丈夫?」
「今度は大丈夫だよ、何も……」
奏が途中何かを言いかけて口にしなかった。
抱きついた私の頭を優しく撫でる。
奏は昔から頑張り屋さんで、小学校のテストはほぼ満点、足も速くて、努力家だった。
でも、それは一人の女の子との約束を胸に抱いていたからだ。
幼馴染と言うには希薄
奏が五歳の頃、とある女の子と結婚の約束をしていた。
その子は親の都合で遠くに引っ越し
奏はその子との約束のために頑張っていた。
中学に上がった頃に、その子と再会した。
その子には彼氏がいた。
まだ幼い頃の約束覚えている方が異常なんだから仕方ない。
奏はその子に、約束のことを聞いた、
約束を守るために頑張ったことを話した。
けど、その子から返ってきた言葉は『気持ち悪い』だった。
ただ、知ってほしかっただけなんだと思う。
ありがとうと言って欲しかっただけなんだと思う。
それから、奏は誰にも期待しなくなった。
私が奏の前で、感情を隠さないのは、奏が期待なんかしなくたって、お姉さんは大好きだよ、と伝えたいから。
奏が、言い淀んだ言葉は『何も期待していないから』だと思う。
それを口にできなかったのは、奏にとって良いことなのか、お姉さんにはわからなかった。




