初見殺しの契約7
俺達が仕込んだ毒に、スケベは気付いていない。
このまま、ボールをスケベに渡せば、俺の勝ちは確定する。
本来の予定は、タイムアップになって、スケベにボールを渡す計画だ。
まりん、鉢上先輩もそれを知っている。
スケベは処刑台に首を乗せてる。後は、そのカードを切るだけ。
俺がここで、シュートを成功しても失敗して、結果は変わらない。
だから、これは俺の我儘だ。
俺は三投目のシュートをする。
どれだけ綺麗事を並べても現実実は非情だ。
ボールはゴールせず、体育館のコートに弾んだ。
「粋がってた割に大したことないな。これで俺の勝ちだな。もう真鈴さんに近づくなよ」
そして、勝った気でいるスケベは、まりんに名前で呼ぶなと言われてるのに、もう自分の棚に並べた物と思い込んでいるようだ。
「試合の判定は審判がルールに則ってするんですよ?後、相手に礼を尽くすのがスポーツマンシップじゃないんですかね?」
「お前にスポーツマンシップを語られたくないが、今は気分がいいからな許してやる。小鳥遊、澄香、この身の程知らずに勝負の結果を教えてやれ!」
小鳥遊が動揺しながら、鉢上先輩を見ていた。
何が秘策があるんだろうと思っていたら、三本とも外してるんだから動揺はするか。
他のバスケ部も俺が何をしたかったのか分からず動揺を隠せていない。
「この契約書に従い、常磐誠治を反則負けとして、八木後輩の勝ちとする!」
「は……?」
「え……?」
鉢上先輩が何を言ってるのか理解できないのか、バスケ部連中が騒ぎ出した。
「何を言ってるんだ澄香!この男はフリースロー三本とも外している。ルールなら同点の場合、後攻の俺の勝ちだろう」
「スケベ先輩、普通のフリースローなら先行がゼロ点で、後攻が一本でも取れば勝ちなんでしょうけど。これは契約書のルールに基づいたゲームですよ」
「ゲームだと……」
「ルールには後攻は必ず一本打つこと、でないとゲームは終わらない。勝敗はいつだってゲームが終わってから、つくものですから」
「じゃあ、俺が今から打てばいいだけだろう。なぜ反則負けなんだ!」
鉢上先輩はバインダーから契約書を取り出し、ルールを記載した裏面ではなく、夏休みの夏期講習のお知らせと書かれた面を見せた。
「小鳥遊後輩、ここに追記ルールが書かれてる読んでみて」
「はい……『追加事項、持ち時間をお互いが共有するものとする。試合時間は合計五分とする。ターンが回ってきたタイミングで持ち時間がゼロだった場合反則負けとみなす』って書いてますね」
鉢上先輩はタイマーを見せた。
「機械の不備があったら問題だから、私も時間を測っていた。私もゼロ、小鳥遊後輩もゼロだ。ターン交代時、持ち時間はゼロになっていた。その状態でターンが回ってきた誠治はルールによって反則負けだ」
まるで、子供が考えたような言い訳に聞こえる。
考えたの俺だけど、鉢上先輩の口から言いわせたことに少し罪悪感を覚えた。
「ふざける!そんなルールが認められるか!」
「認めるも何も、お互い同意の上、スケベ先輩のサインもある立派なルールですよ。スポーツマンならルールは守りましょう?」
「裏面に書くなんて、無効に決まってる!」
「誠治、この契約書には『この勝負において、この紙に書かれたルールが絶対である。それ以外は椿真鈴の侮辱と見なす』と書いてある。この紙がルールなんだ」
鉢上先輩は契約書の追記がある面をスケベに見えると、スケベは契約書を手に取った。
「こんな不平等なルールがあってたまるか。スポーツをなんだと思ってるんだ!努力を重ね、その努力を証明するためにあるんだぞ!」
「お互いの努力を武器に、ルールの上で勝負をつける、それがスポーツですよね?でもこれはゲームなんです」
「仮にゲームだとしても平等じゃないといけないだろう!」
「この世に平等なゲームなんて、俺は『じゃんけん』くらいしか知りませんよ?先行後攻で有利が傾くルールなんてたくさんあるんですよ」
手札によって有利不利が変動するゲームに苦しめられた俺が導き出した答えの一つだ。先行の俺に増Gを打たないスケベが悪い。
「こんな物破ってしまえば……」
「みんなが見てる前で破るんですか?」
スケベは周囲を見渡す。
ルールで負けて、審判に抗議する。
これがバスケなら『レッドカードで退場してしまい、チームが試合に負けた後、俺が退場する前は勝ってたんだから勝ちにしろ』と言ってるようなものだ。
スケベは契約書を強く握っているが、破ることができずにいる。
それを破れば、認めてしまうからだ。『自分勝手なルール』で約束を破ることを。
誠実で堅実なのは美点だ。でも、『自分勝手なルール』で誰かを決めつけるのは、非道と言うものだろう。
スケベは今それを実感しているはずだ。
騙して結ばれた契約が『お前は負けたんだ』と告げているんだ。
何もできず、何もさせてもらえず、一方的に努力を否定される。いや、見てもらうことすら、させてもらえない。
そんな理不尽を感じているはずだ。
「お前は……こんな騙し討ちで俺を負け犬にして満足なのか……」
俺のプライドを揺さぶるつもりか、無駄だ。
「俺は鉢上先輩からアンタの『努力』を否定してほしいって頼まれたんだ」
「澄香から……?」
予想外の方向から裏切りを受けて、スケベは鉢上先輩を見る。
「何……で?」
「アンタ、鉢上先輩から諦めるなって、胸ぐら掴まれたんだよな、なんでだと思う?」
「それは俺を応援して――」
「鉢上先輩の努力を見ようとせず簡単に捨てたくせに、まりんが手にはいらないと判断して、直ぐに拾ったからだ」
「俺はそんなつもりじゃな――」
「アンタにとって彼女の枠は一つだ。その枠に収まるために鉢上先輩は頑張ったはずだ。なのに、アンタはその努力を見ようとせず、自分を飾るための道具のように扱った。だから、先輩は自分の価値を守るためにアンタを鼓舞したんだよ」
俺の言葉がこのスケベに響くかなんて知らない。
格下に説教されてもムカつくだけだろう。
でも、理不尽なルールで、努力すら見られなかった屈辱は知ったばかりだ。
これでもなお、『自分勝手なルール』を守り続けるなら、俺にはもう、どうすることもできない。
それに、俺は今日喋りすぎて頭が痛い。
人に説教したのも始めてで気分が悪い。
改めて俺は自分が平和主義者と実感した。
「俺の努力は……間違えてたのか」
「俺は疲れた、アフターケアは鉢上先輩に頼んでくれ、アンタのスケベが直るといいな」
そう言って、その場を後にする。
これで、まりんのストーカーを止めてくれれば、まりんの恋心を汚さなくて済む。
あー、頭が痛い。
鞄に入れてあった袋から、角砂糖を一つ取り出した。
「奏、甘いでしょ?」
「甘いよな、これ」
「そうね、でも、この甘さがクセになるのよ」
スケベ先輩に相当嫌気を指していたからな、少しでも脳を休ませてやろう、まりんを労うために用意した角砂糖だ。
「まりんも、一つどうだ?」
「ありがたく頂戴しようかしら……、ん~~甘い!」
まりんがスケベを誘導する役目を担ってもらった。
決着が着いた後、まりんにヘイトが向かうことを懸念したけど、杞憂に終わってよかった。
「ねぇ、残りも私にくれない?はい、あーん」
口を開けて、角砂糖を入れろと来た。
仕方ないから、一つ摘んで、まりんの口へと運んでやった。
「――っ!」
角砂糖を舌に乗せた瞬間、俺の指を咥えた。
まりんは顔を赤らめて、指を口から離す。
「ごめんなさい、まさか本当に口に入れてくれるとは思わなかったから……」
「……汚いから、その、洗ってきたらどうだ?」
「そ、そうね。ほら奏も行くわよ。私の唾液を味見をしたいなら、洗わなくてもいいのかもしれないけどね」
まりんは笑う。
俺の前ではいつも笑顔だ。
俺がまりんを好きにならない。それを確かめるためだろう。
俺はその努力を裏切らない。改めて心に誓った。




