初見殺しの契約5
体育館からスケベが出てきた。
スポーツマン特有の色気と爽やかさを感じるのに、その中身は天動説を信じているスケベだ。
「澄香から話は聞いている。無謀にも、俺にフリースローで対決したいみたいだな」
「自分を太陽だと思ってるスケベに現実を教えに来ました」
「そうやって、小難しいこと言って、椿さんを誑かしているんだな」
前回、まりんに名前を呼ぶなと言われたことを、ちゃんと気にしてるんだな。
「むしろ、逆ですね。まりんが俺を誑かそうとしてるんですけど?」
「私が、奏を好きになりたいって言ったのよ……」
まりんは片腕を反対の手で掴み、まるで弱みでも掴まれてますって感じで声を出した。
「な……っ!女性の恋心を知って、他の女性にも手を伸ばすなんて、君は最低だと思わないのか?」
前回、まりんに叫ばれたことをもう忘れたのか、スケベは目の前のことしか見えてないみたい。
「え、それって自己紹介ですか?」
俺は契約通りに生活を送っている。
まりんが俺に好きにならないで欲しいと望み。
詩にゃんが俺を裏切らない友達であることを望む。
俺にとって、これを破るほうが不誠実だ。
まりんは俺から、ゲームのルールを記した紙を固定したバインダーを奪い去り、逃げるようにスケベに駆け寄った。
「これがルールよ。同意をしなきゃ、常磐先輩が勝負から逃げたって、彼は思うわ」
まりんが差し出したバインダーを、不審な顔をしながら受け取るスケベ。
「随分と徹底してるね?」
「仮に勝負に負けた後で、無効だ、ルール違反だ、卑怯だ、なんて言われたくありませんし……」
嫌悪感丸出しだった美少女は、囁くように、スケベの耳元へ秘密話をする。
「――先輩には期待してるんです。私を救ってくれるって」
俺はまりんが何を言ったか聴こえなかったけど、大方予想がついた。
「ち、近いっ、親しき仲にも礼儀は持ってくれ……契約だな、一応確認する…………署名までさせるのか」
軽く読み流すようにスケベは契約書に目を通す。
「それは私を救う大事な契約書だから、この世に二枚なんてあったら困るでしょ」
「その割に配布プリントの裏面に書いてるんだな……」
「彼が用意したのよ。ケチでしょ」
「それもそうだか……このルールで俺に勝つつもりなんて、正気とは思えないな」
「彼も言い過ぎたと思って反省してるんです。でも、このままだと、先輩が悪者に見えたままでしょ、だから、あえて当て馬にして引き立てて上げようって、私が提案したんです。そしたら、私から手を引いてくれると思ってるから……」
まるで悲劇のヒロインを演じているまりん。
スケベがその肩に手を伸ばそうとすると、それを躱すように、まりんはその手にペンを持たせる。
「同意して、私を助けてください」
まるで、ぼったくりバーの客引きパンダだ。
小鳥遊が隣で口を開けて震える。
「おい、椿さんって先輩のこと嫌いなんだよな?」
「女は怒らせると怖いってことだよ、一つ賢くなって良かったな」
格下相手にストレス続きの中、自分に救いの手を差し出した悲劇のヒロインを、スケベは疑わない。
とても満足げにペンを走らせ、俺達が用意した契約書にサインした。
「これでいいんだろ?さっさと始めて終わらせてやる」
「そうですね……終わらせましょう」
スケベは自分をヒーローとして疑っていないだろう。たとえそれが、誰が用意した落とし穴の上だったとしても。
「バインダーは私が預かりますね。彼に、私が持ってるとケチをつけられるかもしれませんから、このまま、鉢上先輩と小鳥遊君に預かってもらいます。ついでに審判もお願いします」
まりんの優しく微笑む。それはとても嬉しそうに。
「ああ……頼む」
頬を赤らめ、見惚れているスケベ。
騙されてるとは知らずいい気な物ものだ。




