初見殺しの契約1
今日、鉢上先輩がスケベに話を通す算段になっている。
明日から土日だというのに、気が重い。
成功するかどうかも分からず、成功してもスケベの心に響くも分からない。
それでも、スケベにはお灸を据えなければ、鉢上先輩が救えない。
「かなで、昨日から暗いぞ、お悩みならお姉さんが聞きいてあげるよ。何かな? オカズに姉は使っていいものか? 大丈夫、健全な弟なら通る道って幸恵ちゃんが言ってたよ。でも、かなでが望むなら一肌脱いでもいいかもしれない、もうこれは結婚だね!」
朝っぱらから、うるせえ。
朝食をとっている横で、天音姉さん(天ネェ)のお口のダムが決壊している。補修作業はあきらめてるのか、「アンタたち仲いいわねえ」って親から気にもとめられてない。
「かなでは、SそれととM? お姉さんはLサイズのポップコーンを二人で分けたいよ。子供は――」
「――天ネェ、四親等からしか結婚はできない」
「二親等は?」
「法律が許さないな」
「がーん! 従姉妹の幸恵ちゃんは、かなでと結婚できるの! でもこの前読んだラノベでは、実妹と結婚してたよ!」
「現実世界の倫理観が追いついてないんだ。諦めろ」
「トラックで――」
「あれはフィクションだ!」
「じゃあ、かなでを嫌いにならないと迷惑かけちゃう、無理だー!」
「俺達は家族だろ、そのままでいいんだよ」
「それもそうだね、お姉さん、考えすぎてたよ」
天ネェは毎日こんなに騒がしいわけじゃない。俺が落ち込んでいると感じると、励まそうと思考が爆発する。
「すきよかなで、スキだカナデ、スキスキ……」
……スキとかなでで歌うのは、もう慣れた。
天ネェとアニメを観たら、私もヒーローになれるかな、とか、警察官になるやら、挙句の果ては殺し屋さんに憧れたこともあったから、その都度、情報を修整してあげる。
外ではバグらなのに、なぜか、俺の前だけではすぐバグるから困りものだ。
「元気になったみたいでお姉さんうれしいな。大好きだよ、かなで」
「俺もだよ。じゃあ、もう行くから」
「…………お姉さんはまだ、朝ごはん終わってないよ? 置いてくの?」
「駅の回線それぞ逆だろ」
「駅までは一緒!」
「俺がいたら、いつまで喋り続けるでしょ」
「それは……そうだね!わたった、行ってらしゃい!」
天ネェの『いらっしゃい』はいつも元気だな
「ああ、行ってきます」
俺はいつも天ネェからて元気をもらってる気がするな。
∞∞∞
「おはようーメェー君」
教室に着いた途端、詩にゃんのモーニングコールが鳴り響く。
あいも変わらず目線が刺すように集まるが、詩にゃんが癒やし効果があるからノーダメージだ。
俺は手を振り返してクールキャラに徹し、席をと座る。
「メェー君、おはよう」
迷子の子供に話しかけるみたいに、しゃがみ、見上げるように覗き込む。
「ぐはぁ」
詩にゃんの可愛さがオーバーフローして、癒されるどころか胸を締め付ける。
「ど、どうしたんですか!」
「2.3.5.7.11.13……素数を考えて落ち着くんだ」
待って、これ天国に向かってないか!
「素数は孤独な数字で勇気を与えてくれるでしたっけ?」
「また、お父さんからの?」
「はい、時々、アニメのキャラの言葉で会話してますよ。メェー君みたいですね」
愉快なお父さんだな。詩にゃんのリアクションが可愛すぎて常習犯になってるな、これ。
「じゃ、俺のこれは過剰摂取になっちゃうな、悪い」
「そんなことないかな。お父さんと話してるみたいで安心しちゃいます」
「それは、良かったよ。家族は元気の源だからね」
「メェー君の家族も元気の源なんですか?」
「俺と真逆の人だよ。考える前に言葉にする人」
「メェー君みたいですね」
俺考えなしって思われてんの?ヤバい、詩にゃんにはクールキャラだと思われたい。
「歌子さんは今日も素敵ですね」
イメージ回復だ。調子に乗りすぎるところは、天ネェと類似していることを今自覚する。
「ぐわぁ……スマホで録音とか、し、したい、です!」
「ははは、面白いこと言いますね。私の声であれば、いくらでもどうぞ」
「はい、やっちゃいます、どうぞ」
「歌子さんは今日も素敵ですね」
詩にゃんは俺のクールキャラを記録してくれた。
……なんか違うね?
詩にゃんは俺の声を録音できたのが嬉しかったのか、尻尾を揺らしているように見えてしまう。
詩にゃんは天ネェとちょっと似ている。言葉の裏を考えなくていい、そんな安心感がある。
「いつか、詩にゃんを姉さんに会わせてみたいよ」
きっと、場がカオスになる。それは少し見てみたい。
「――っ、は、はい。頑張ります」
「頑張るって、何をだよ」
「――甘い、甘すぎる!」
棒キャンデイを舐めてるまりんが会話に混ざる。
「突然どうした?」
音を鳴らして口から飴を取り出す。
「詩子に蜂蜜かけて舐めたいくらい、甘かったから」
「それはただの変態だ」
「それは本物の変態に失礼でしょ、詩子が嫌がるならしないわよ」
「ベタベタになるのは嫌だなぁ」
「ならしないわ!」
ベタベタじゃなかったら……考えるのをやめよう。
二人ともスケベに対してあんなに嫌悪感を持っていたが、今は思考の隅にすら置いていないみたいで安心した。
俺が人のことを心配するなんて、この二人が天音姉さんに似ている、
それが理由だと俺は思う。
――予鈴の音が鳴る。
「もう、何で私は別のクラスなのよ。イジメかしら?」
「ただの事実だな」
「リンちゃん、大丈夫だよ友達でしょ?大好きだよ」
まりんは珍しく恥ずかしそうに視線をそらした。
「そうね、わ、私も大好きよ。じゃあ。また来るからね」
「うん、またね」
俺はまりんに渡すはずだった角砂糖の袋を開けて、一つ摘んだ。
今のあいつに、こんな物やったら、幸せ太りさせかねない。
角砂糖って意外と甘いな。




