自分勝手なルール9
珈琲の温かさが、冷めきった空気に熱をくれるようだ。
心に冗談を挟む余裕はない。
そんなことをすれば、鉢上先輩に失礼だからだ。
「先輩、続きは話せそうですか?」
「……っ、ああ、大丈夫だ。ありがとう、君は優しい奴だな」
「先輩には負けますよ」
「あんまり優しくしてると、惚れちゃうかもしれないぞ」
「「それより続きをお願いします!!」」
まりんと詩にゃんがシンクロした。どっちがチューナーだ……気を抜いたら、これだ。しっかりしろ俺!
「おおう、分かった。それから、椿さんへ何度もアタックする姿を見かけた。でも、ある日、よりを戻さないか、と言われたんだよ」
頭が痛くなってきた。帰りたいよぉ。
まりんは眉間にしわを寄せ、眼光を飛ばすヤンキーさながらの顔で、嫌悪感を溢れさせている。
詩にゃんは子どもを守るときの猫みたいに険しい顔をしている。
「それが悔しくて……私を振ったんだから、最後まで諦めんなって、胸倉を掴んで叫んだよ」
なるほど、それがスケベがまりんを諦めない理由か。
「だから、あのバカが椿さんを諦めない理由は私にあるんだよ。だから、私のせいだ。ごめんなさい」
「……一つ、聞いていいですか?」
まりんはスケベに対する感情を一旦リセットすると真剣に鉢上先輩を見据えて聞いた。
「鉢上先輩は、そのクズスケベ、どうしたいんですか?」
まりんの頭の中で、スケベはクズの名を冠した。
「アプリで加工した時の写真ほどじゃないけど、私は地味で華のない女だったんだよ。あの人に好かれるために頑張って、告白してもらえたんだ。一途で努力家な所が素敵だと思った、今でもそう思ってる……だから、誠治の努力を否定したい!」
全く、あのスケベには、心を動かす美しさはあっても、心を動かす味はない。
見てくれだけの不味い菓子だ。
それでも、好きにってしまったら忘れることができないのかもしれない。
両方兼ね備えた和菓子のような先輩を見習ってほしい。
「では、僭越ながら、私にいい案が一つあるのですがどうでしょう?」
まりんは不敵に笑う。
逆転の兆しを見つけた、物語の主人公のような強さを瞳に閉じ込めて。
「クズスケベが、一番誇りと思い、一番努力してきたであろうバスケで、絶対的敗北を経験させるんです」
「その手が一番だが……スケベに敗北の烙印は誰が刻むんだ?」
「自分勝手なルールで生きているクズスケベに、忘れない烙印を刻む。それができる人を、私は一人か知らない」
なぜか皆して俺を見る。
この頃、誰かの視線を集めてばかりだ。
「俺相手だとスケベが役不足だろ?なら誰だ?」
俺は、砂糖で甘くなった珈琲を口へ運ぶ。苦ければ甘くすれば良い、俺は苦いのが苦手だから、好きでも飲む努力をするいい奴だ。
ほら、皆も、嫌いな奴を好きなお菓子にして食べる魔人を見習おうぜ?
「……はぁ、俺かぁ」
「私は奏なら出来ると思ってるわよ」
俺はバスケのボールなんて、学校の授業でしか触ったことのない男だ。
毎日、ボールに触り練習を重ねる相手に勝てる見込みはない。
「無理だ。性格に難はあるが、バスケ部のエースだ……君には何か特殊な技術があったりするのか?例えばパス――」
「――言葉のパス回しなら得意ですけど、ボールは無理ですね」
俺がバスケ勝負て勝てる可能性なんて、ルールブックに俺の勝ちって、書いてなきゃ無理だぞ?
「どちらにせよワン・オン・ワンでは無力か」
「先輩、ワン・オン・ワンって何なんですか?」
詩にゃんが、ワンワン言ってる、可愛い子。
「言葉の響きからして、対面勝負ってことじゃないかしら?」
漫画やアニメをあまり見ないまりんと詩にゃんには、そのルールでは俺が勝てない。そのことに気づいてないみたい。
「鉢上先輩、俺をイジメるのもほどほどにしてもらえませんか……」
せめて、運だけでも勝ちの目拾うようなことしないと無理だ。
「シュート勝負なら、ワンチャンス……あるか?」
「君は優しいのに、言葉の切れ味は鋭いな。バスケにおいてシュートを決めるなんて前提だ。点の取り合戦なんだら、一本でも外せば、負けに近づく。そんなことを誠治に言えば、また胸倉を掴まれてしまうぞ」
「それは、制服の襟が伸びるから勘弁してほしいですね……でも、挑発としては効いてる」
「彼はフリースローなら目を閉じても決められるくらい自信があるぞ。前に部員達の前で披露して鼻を伸ばしてたからな」
バスケが上手くて、イケメンで、誠実な男。
たった一つの弱点が、とんでもない対比効果を生んでいる。
スケベは自分を絶対勝者として、疑っていない。
自分勝手なルールの元、世界を見ていて、それを疑わない。
地球は丸いというのに、いつまで天動説を信じているのやら。
鉢上先輩の望みは、努力したことを認められない理不尽さ、辛さや痛みを知ってほしいことだ。
「争わないのが一番なのにね」
「詩子は本当に可愛い子よ」
「妹にしたい……いや、可愛い後輩だっ」
詩にゃんのファンがまた一人増えたみたいだ。
争い事はどちらかの勝ちで終わる。審判かルールか……それとも、他の何か。
「……いや、これならいけるかもしれない」
俺は今心底性格が悪いと思ってしまった。
鞄からノートを取り出し、今思いついた『自分勝手なルール』を書き記していく。
「細かい部分は調整するとして、これなら俺でも勝てる」
全員にノートを見せた。
「君は卑怯者と……呼ばれないか?」
「『奏でるモード』全開ね」
「詐欺師みたいですよ、これ……良いのかな?」
俺にはこんな紙屑しか手元にない。
例え、レベル1の勇者だとしても、即死攻撃に耐性がない魔王なら、初見殺しは可能だ。




