自分勝手なルール8
いつものカフェへと足を運んだ。
駅の近くで、今は帰宅ラッシュ時間、空いてる席を探すほうが面倒だ。
そこまで大きい店じゃない。少し落ち着いたインテリア、店が客の品位さえ錯覚させてしまうだろう。
「予約制のカフェだ。この時間帯、いつも予約一杯なのに……」
鉢上先輩は店内を見渡している。
「私、この店の予約はフリーパスなのよ」
予約のフリーパスなんて初耳だよ。ここって、予約制だったのか。どうりで学生が少ない気がしたよ。
「私のおかげで客足が伸びたみたいわ。この時間帯は席を空けてくれてるの」
「リンちゃん、大人!すごい!」
「私はすごい!大人!」
両手をつなぎ合わせ、アルプスで踊る風景が見えた。
「本当に仲がいいんだな」
「ですね」
「君は混ざらないの?」
「俺まで混ざったら、陽と陰のバランスが保てない」
「私と君が陰……なのか?」
「アイ・アム・陰キャ……先輩は何処か暗い顔をしてたので」
アトミック並の爆弾が先輩から投げられたらどうしよう……
「まるで、全てを見透かしたように言うんだな」
「目に見えることしか、言えませんよ俺は……」
「なら、辛口だ」
席まで案内されて、俺と詩にゃん、鉢上先輩とまりんが向かい合うように座る。
まりんは詩にゃんに、手を伸ばして虚空を揉んでいた。詩にゃんは笑顔でその手を握りしめる。
まりんは肉球でも触るかのように、詩にゃんと、ふれあいタイムに入ってご満悦だ……が、気持ちの持ち方で友好と敵対の表現を使い分け可能なポーズは、まさに表裏一体。
今は仲良しだが、気持ちのすれ違いなんて起きたら意味が逆転すると考えたら、ゲロ吐きそう。
そんな下らないことを考えていると、鉢上先輩は、水の入ったグラスを手に取り、一気に水を飲み干した。
テーブルにグラスが置かれ、先輩は頭を下げた。
「改めて、本当に申し訳ない。誠治を焚きつけたのは私なんだ!」
「……え?」
誠実潔白な和菓子のような先輩から予想外の言葉が出てきた。
「鉢上先輩、言葉は足らずは誤解を生みます。ちゃんと話して下さい」
まりんが言葉を正し、鉢上先輩に聞く。
「それも……そうだね。私と誠治は付き合っていたんだ」
泣かされた女の子をたくさん知っている。そう前に言っていた。それは人の数ではなかったのか。
「椿さん、初めに言わせてもらうけど、君を責めているわけではないと知ってから、続きを聞いてくれないか」
「はい」
「『学校一の美少女』が一年生にいるという噂が流れ始めてから、誠治の態度に違和感を覚えるようになった。私に対する態度が変わったわけじゃないけど、何処か私を見ていないような仕草が気になり始めたんだ……」
重々しい空気の中。俺達は鉢上先輩の言葉を静かに待っている。
「不安を感じ始めた。彼に見捨てられるんじゃないかって、それで試してしまったんだ」
「試す?」
詩にゃんがオウム返しに聞く。
「ああ、試した。アプリでとても不細工に加工した私の写真を見せた、中学の時の写真としてね。私が真剣に自分を晒せば、今の私になった努力を見てくれると思ったんだ。でも、その写真を見せた後、彼はとても真剣に『好きな娘ができたから別れてくれと』と言ってきたんだよ」
「うわっ……」
あまりの気持ち悪さに声が出てしまった。
何が真剣だ。自分が納得できる言い訳を手に入れただけじゃないか。
「殺したほうが世のためね」
「あわわわ……」
女性陣も嫌悪感を隠せてない。男の俺ですら気持ち悪くなったんだ。
「その時、私は何も言えなかった。ただ、感情を抑え込むのが限界で首を縦に振るしかできなかった。『分かってくれたのか、ありがとう』と言われて……その場から逃げ出したよ」
鉢上先輩は涙を流していた、その時の感情も一緒に思い出したのだろう。
「一旦、休憩しましょう。カフェに着いたのに、まだ注文をしていない」
正直、ここまで重たい話とは思わなかった。これなら、嫌いだから別れてくれと言われたほうが、まだマシだ。
こんな重い話を聞かせやがって、あのスケベ、覚えてろよ。
注文を終え、飲み物とデザートがテーブルに並び始めるまで、誰も言葉を出すことができなかった。
あんな話聞いた後で、どんな言葉も慰めになるはずがない。と皆が悟っているからだ。
あの、まりんですら『最悪の失恋ね!』と叫ばないんだから。仮に叫んでいたとしたら、ただの煽りだ。
俺は角砂糖たっぷり入れた珈琲を口に入れる。それにつられて、皆、動き出した。




