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八木奏は鈴の音がないと喋れない3

 俺が人と話すのに抵抗を感じることはあまりない。

 興味のない人間に、そんな抵抗を持つことすら、面倒だからだ。

 でも今回は明確な意図があって、しかも、誘うという、格下が行う行為をしなければならない。

 誇りがそれを許さないとか、そんなことではなく、格下だとレッテルを貼られると、奴らは攻撃していいものだと勘違いする。

 その先にいるものを見ようとせず、優越感を得るための道具として扱うのだ。


 それが嫌だから関わりたくないだけである。


 バスケ部のエース、長いから、スケベと呼ぶか。バスケ部だと、彼ら全員をあれと同じ扱いにしてしまう、バス部だと響きが悪い。うん、スケベでいいな。


 スケベは能力至上主義者だ。努力や交流、経験や結果を身に纏い、優越感に浸りたいのだろう。

 だから、彼女の枠に収まる女の子のグレードを更新したがっている。

 まりんが嫌悪する理由はこれだ。


 スケベから、恋心なんて学んで、参考にはなるのだろうか。詩にゃんを一生インタビューで付き纏うほうが実りはありそう。


 スケベと話すためには、格下だと思われてはいけない。政治家が低級国民として見下すのと一緒だ。


 俺一人だと対話が成立しない。


 無理に拘るのは止めて、今日は観察で終わろう。こんなことなら、詩にゃんと一緒に来ればよかった。

 もう俺の心のオアシスが、詩にゃんになり始めていた。


 でも、この問題を解決しない限り、まりんの『至高の失恋』の邪魔になる。

 嫌いな男に何度も告白されて、何度も断ってきたのだ。それは恐怖と変わっていても可笑しくない。

 俺は、そんな恐怖の対象にまりんを近づけたくない。

 最高の恋心を捨てさせるため。少しでも不安や恐怖を混じらせることはしたくない。


 まりんは俺が『裏切らない』ことを期待した。それを裏切れば、俺を信じてくれた詩にゃんの裏切りにもなる。

 難儀な契約を結んだものだ。こっそり、逃げ道くらい作っとくべきだった。


「何をそんなに考え込んでいるのかしら? 奏は独りにすると、いつも自分の世界に引きこもるわよね」


 俺の覚悟を『そんなのは平等じゃない』と言わんばかりに、俺の隣にまりんが立っている。


「なんで、ここにいるんだよ」

「奏の心臓の音が聞きたくて?」

「そこまで密着したことないだろ」

「なら、する?私はウェルカム・カモンだよ」

「時と場所を考えろ」

「なるほど、時と場所、ね?」


 『からかい上手のまりんさん』は、俺の上位互換だから敵わなくて当然だ。

 俺の精神を乱すのも当然だ。

 最近、調子がおかしい。

 俺はこんなに動じる人間だったか、単に経験不足で脳が混乱してる。ノーパニックの意味を勘違いしているだけだ。


 深呼吸をして、心を落ち着かせる。


「奏はよく深呼吸するわよね」

「よく見てるな」

「だって、奏と詩子しか見てないからね」


 そんな恥ずかしげもなく言われると、なんて言葉を返せば良いか分からない。


「それで観察の結果、どう?」

「吐きそうだった」

「分かる、吐きそうだよね。気持ち悪いよね」


 すげぇ、同意を求めてくる。


「なぁ、俺、スケベと一緒に遊園地なんて行きたくないんだけど……」

「私もそれには同意よ……でもね、あれは早急に対処するべきスケベよ!」

「怖くないのかよ」

「めっちゃっ怖い!奏のこと、知ってから、いつも助けてくれないかなって、心の中で思ってた。あんまりにも無視を徹底するから、困ってたのよ!」


 俺と契約を交わしたあの日。

 まりんと俺の目が合った。

 諦めないスケベに困ってた時に現れた理想の盾。だから、俺に期待をしたのだろう。

 美少女に執着しない俺なら、自分を救ってくれるんだと。


「君たち、体育館は部活のための場所だよ、イチャつく場所じゃないんだ」


 まりんの心の叫びはかなりの声量だった。当然、体育館内の音は静まり、人の視線が集まる。


 うわ、引き締まった身体に、清潔感を感じる顔立ち、さっきまで動いてたから汗もかいてるな、それすら自分の色気に変えてる。

 外面大好き女子なら一発で、落とされるな。


「こんにちは」


 取り敢えず、挨拶がちゃんとできるよ、マウントを取ってみた。


「ああ、こんにちは?」

  

 さて、ひとりぼっちの会話の限界だ。

 話を聞き入れてほしいと思っている相手に、話すとなると言葉を選ばなきゃならない。

 しかも、相手はスケベだ。自分の欲に忠実かつ誠実。政治家みたいな男だ。


 この男を交渉のステージに立たせるために、常にマウントを取っていかなきゃならない。

 けど、こっちは一人じゃない。

 スケベが喉から手を出しても欲しい、トロフィーの鈴がある。

 俺はただ鈴の音を鳴らすだけだ。


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