青春と失恋の契約・後半
沈黙が流れる。
嘘や冗談を言ってるようには見えない。
動揺した俺の顔を見て、視界を独占するように椿は距離を詰めてきた。
「私が美少女である限り、私の本質は評価対象にはならない」
虚ろな目をしていた。
「でも……私の恋心を否定されたら、それは私の本質が評価されたと言える」
一転、空っぽの瞳に桃色の輝きが宿る。
「私は失恋したい。つまり、私を好きにならない人が絶対条件。だから、八木くんに、私を振ってほしい」
ころころと表情を変えて、まるで惚れてくださいとアピールしているのかと疑いたくなる。
「ごめんなさい、僕、あなたのことなんて好きでもなんでもないので関わらないでください」
渾身の、一点の曇りもない「お断り」を叩きつけた。
これでこの話は終わりだ。彼女が望むのは「振られること」なのだから。
だが、椿は数秒の硬直の後、不思議そうに首を傾げた。
「何を言ってるの?」
「失恋したいんだよね?」
「私が納得する失恋よ、話は最後まで聞いてね」
「どうぞ」
「八木くんに、恋もしてないのに振られたって、意味がないじゃない」
俺の胸元をツンツンつつく。
立場が逆なら牢屋行き。
理不尽だ。
「無いものを失うとは言えないでしょう。だから、私が君を好きになることを前提として、話を進めるわ」
「それで振られたいと? 僕が君に惚れたらどうするつもりだよ」
クスっ、と笑みをこぼす。距離を詰めて上目使いで俺へと視線を向ける。
「君が私のことを、本当に好きになるの?」
悪意を感じさせない笑顔。
森のさえずりのような甘美な声。
その魅惑のコラボレーションは美少女のパッシブスキルなのかもしれない。
破壊力抜群、演技だと分かってても心臓持っていかれるレベル。
椿真鈴を好きになっても不毛なだけだ。
そもそも他者に恋愛感情を抱くことが不毛だ。
どれだけ頑張ったところで「気持ち悪い」の一言で全てが終わる。
経験済みの俺が言うんだから間違いない。
「君には期待をしてるんだ。私を好きにならないという期待。絶対の確信はまだ持てないよ。でも君は、私を好きにならない気がする」
「……どうして、そう思うんだ?」
「だって私と同じ目をしてるから、恋愛なんて期待してないんでしょう」
黒髪が風に流されながら、椿真鈴は処刑場という名の告白の舞台へと視線を流す。
「私が数多の男を振ってるのを知っていながら、ずっとここで昼食をとってるもの。君のことを最初はただの物好きかと思ったわ」
単純にここしか居場所がない。
ぼっちのテリトリーは限られている。
「でも、放課後の告白の時は絶対いないし、昼休みの告白の時は必ずいる。あ、単純に私に興味ないんだって思ったよ。それは一人が好きで、恋愛に期待していないと言えるでしょ?」
「それで、どうして恋愛には興味がないになるんだよ。俺だってめっちゃ青春に憧れてるわ」
一人称が俺になる。つい、本音を口にしてしまった。
ぼっちが「ひとりが好きな奴」と思ったら大間違いだ。
魚が水の中でしか生きられないように、ぼっちは孤独の中でしか息ができない。
人はそれを生存戦略という。
それを否定されたような気がした。
好きで孤独を選んでるわけではない。
「そうかもね、でも君はひとりぼっち、私と同じ」
まるで理解者だよ、と言わんばかりの優しい笑みを浮かべていた。
「いつも逃げるようにここに来る。それが気になって君のクラスを特定して、観察してた時期があるのよ」
まるで探偵が謎を白日のもとに晒すがごとく、
「観察の結果、君を『ひとりぼっち症候群』と判定しました」
――真実はいつも一つ。
知らない造語を聞いて、シリアスな語りが台無しだ。
何だよ『ひとりぼっち症候群』って……。
「他人に裏切られたくない小心者が自分の心を守るために一人になろうとする」
指を立て、右へ左へ移動する。
探偵のシンキングタイム。
「そこから導き出せる答え。それは――」
ピタリと動きを止め、椿は見透かしたように俺を見る。
「私に興味がない証拠。私に裏切られようが関係ない。だって、期待してないから」
人を遠ざけて興味を持たない。
相手に期待しなければ、絶対に裏切られることがない。
誰だって、食事をする時、口に入れる物は厳選する。
当然、食事をした物が必ず安全とは限らない。
けど、危険の少ない食事をしたい人が、毒を口に入れることはない。
椿真鈴は俺にとって絶対的美少女であり、取り扱いを気をつけないといけない毒だ。
だから、俺は椿に恋愛感情を抱かない。
「君が私を好きにならないなら、私を振ることなんて簡単だよね。いや、確実なのかしら。そこで私が本気で君に恋すれば、恋を失うことで失恋できる」
「なるほど? 仮にそうだとしても、俺が君に付き合うメリットがないんだけど」
「君は青春がしたいんでしょ?」
『ぼっち』だって一人の人間だ。人並みの望みぐらい持っている。
俺の沈黙を同意と受け取り、椿は微笑む。
「私と疑似恋愛をすればいいじゃない。君は私を好きにならない、私を振ることが確定してるから」
まさに青春と失恋のトレード。
意味がわからない。
「私は全力で君を好きになる、失恋をしたいから。利害は一致してるけど、どうかしら?」
それでも、その提案は魅力的だと思えた。
「俺が期待外れな男で、君を捨てなかったら。惚れ損にならない? それとも、君が俺を捨てるつもり?」
「駄目よ、君が私を振る。これは責任よ。でも、君だけに責任を背負わせるのは平等じゃない」
椿は口元に人差し指を当て、考える素振りをする。
「そうね……君に言い訳を用意するのはどう?」
「恋人を?」
「恋人を君に用意できなかった場合は私が約束を破ることになる、そのときは一生私は君の恋人でいいよ。ね、デメリットなんてどこにもないでしょ!」
狡猾な交渉材料を並び立てた。
その狂気に満ちた恍惚とした笑みはまるで芸術作品だ。
「……一旦家に持ち帰ってから、考えさせてもらっていい?」
「逃げない?」
椿真鈴は満足げに、そして獲物を追い詰めた獣のように微笑んだ。
俺は「青春」という名の毒を――
彼女は「失恋」という名の絶望を――
「――よろしくね。私の恋人さん」
耳元で囁かれたその声は、甘い蜜だ。
過剰摂取は、毒になる。
俺は甘党だから、きっと口に入れてしまうだろう。
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