赤月詩子は友達がいない
独りになるのが怖かった。
誰とでも仲良くなれる。でも誰かの特別ではない。
今までの人生で、私を本当の意味で特別に扱ってくれる人は居たんだろうか。
いい顔してるだけの中身のない、からっぽな私が、その本性を知られたときに失望されたらどうしよう。それが怖くて、特定の誰かと深い縁を築いてこなかった。
中身を見られるのは怖い、
寂しがり屋で、誰かに存在を証明してもらえないと、無価値だと思うからだ。
何でそんな風に考えるようになったかと言われると、私が特別に思っていた人が、私のことをその他大勢の一人だと思っていたら悲しいから。最初はそんな些細な不安だったに違いない。それが少しずつ積み重なって来た結果が今だ。
いつの間にか、私は空っぽのいい子ちゃんになっていた。他者からの評価でしか存在理由を証明できない。
だから、空っぽの中身をほんの少しのでも覗かれたくなくて、必死に隠してきた。
少しでも、人から拒絶されると不安になる。
だから、浅く広く、かすり傷で済む程度の人間関係しか作れない。
私だって、心から信頼できる人が欲しい。
恥ずかしながら、私には友達がいない。よく話す人がいてもそれは『学級委員』として仲がいいだけだ。
中身のない私を隠してくれる肩書きだ。
だから、誰にも取られたくなくて、委員会の役職を決める際、先生が宣言しきる前に、手を挙げていたと思う。
私と、その他大勢を繋いでくれる、盾だから。
頼られれば、それだけ皆が盾を使ってくれる。それを私は窓口から貸し出してるだけにすぎない。
客が来なければ、営業にいけばいい。この立派な盾を使いませんか、って。
営業ならスマイルは必須。盾を買ってもらわないといけないから、全力で相手に嫌われないようにした。
でも、たった一人だけ、私の訪問セールスから逃げようとする人がいた。最初のうちは丁寧に対応された……いや、ドアすら空けてもらえなかったな。
でも、ドア越しでも声をかければちゃんと返事はしてくれた。
途中から面倒くさがってなのか。逃げるように隠れてたけど。
自分と世界に境界を張ってるその人に、親近感を覚えた。
でも驚いた。そんな人が有名人と談笑しているのだ。
相手が有名人だから相手をしてるのかな、と思ったけど。私もセールスウーマンとしてはかなり需要はあったはずだ。
それなのに、なぜ彼女を選んだろうと思った。
次にセールスに行ったら、初めてドアを開いてもらった。
彼はとても面白い人だった。
頑なに私の名前を覚えず、あだ名をつける。覚えてくださいって頼んだら名刺を要求された。
対話をしてくれてるのに、全然私を見ようとはしなかった。
だから、セールスが終わって、窓口から家に帰えるときに、その人の見かけた。彼が窓口の前に立っていたのだ。
私はその日の最後のセールスをしようとした。
その時、一瞬だけ、彼の顔を見た気がした。
私を待っていたのか、と何となく聞いてみた。
そしたらいきなり、私の心の中を見透かすように、寂しがり屋だと見抜かれた。
透明な私で実体のない私に、ほんのり色がついた錯覚を感じた。
私に向けられた視線が、ちょっと嬉しくて、セールスをしようとした。流石に、盾なし、じゃ話なんてできない。
突然現れた有名人が、私のセールスタイムを奪っていった。
仲良さそうに話をして、私に見せつけるかのように名前を呼んでいた。
ああ、この人は盾に興味があるだけ。その向こうの私にはたぶん興味はない。
その盾もたぶん必要なくなると思って帰ろうとしたら、突然その有名人が私から盾を取り上げたのだ。
それだけじゃなくて、色がない私に無理やり色をつけようとした。 私は透明人間でいたい。
抵抗しようとしたけど、虹のように何色も持っている有名人には敵わなかった。
圧倒的な敗北を突きつけられて、私の実態が浮き彫りなる。
浮き彫りになったところで何もない。
いくら色を与えても、何もなければ染まりはしない。
それなのにその有名人は、透明な私にまるで色があるかのように接してきた。
透明で実体がなくて不安なら、その有名人が作ってあげようか、と聞いてきた。
不満があるなら、彼に作ってもらえ、。本当に作ってもらえるか分からないなら、約束を結ぼうって、
それは、私にとって何の不利もない約束だった。
作らせるのが条件、できなきゃ取り憑いてもいいって、なんなら呪い殺してもいい。
彼は、嫌なら無理しなくてもいいと言ってくれて、
こんな風に、人の敷地を踏み荒らされたのは初めてだった。
透明で実体のない私に、価値があるように振る舞ってくれる。
やっぱり透明だって言われるかもしれない。
それでも、彼らの手を握らなければ、一生、透明人間のままだと思った。
私には友達がいない。
でも、初めて彼らの特別になりたいと思ったのだ。




