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両手に花、あるいは試練3


 まりんはソプラを見ると、自信に満ち溢れた満面の笑みを浮かべ、ソプラとの距離を埋めていく。


「この前はちゃんとお話できなかったわね、ソプラちゃん。私の名前は椿真鈴。奏にお願いされて、貴女と仲良くなりに来たわ、気軽にまりんって呼んでちょうだい」


「……?」


 ソプラは怪訝な顔を浮かべていた。

 私はそんな気ないよと言わんばかりに、まりんを睨んでいる。


 まるで、蛇とカエルが睨み合っているみたいだ。


「ソ、ソプラはカナデのペットだから、別に他の誰かと仲良くする気なんて……」


 俺のペットじゃなくて、八木家のペットでしょ、自分で言い出したことなんだから忘れないでください。


「ペットなの?」

「Да(そうよ)……」


 まりんはソプラの返答に、小悪魔スマイルを浮かべる。

 先に動いたのはまりんだった。

 それは蛇が獲物を丸呑みするかのようだった。

 ソプラの顔は胸の中に沈み、まりんは両手で華奢な体を抱き寄せる。


「たしかに小さくて可愛いわね」


 ソプラの頭を押さえ込み胸に当て、反対の腕で腰を抱き込む。


「オ、オーイ……」


 あまりの事態に、ソプラが硬直していた。


「よーしよし、怖くないわよ。ソプラちゃんはペットなんてでしょ、飼い主から触る許可はちゃんと貰っているわ」


 飼い主って一体誰のことを言ってるんでしょうね。

 

「カナデ、助けてぇ」


 物理的には手は繋いでるけど、ソプラが俺に救いの手を伸ばしてきた。


「ソプラにも、ちゃんと友達を作ってもらいたいからね、頑張ろうね」


 花の女子高生が、男の家に居座るのは不自然だ。

 少しは同性のお友達と仲良くするべきだろう。

 俺が言えた義理ではない。けど、間違っている人が正論を言って、人を正すことは間違いだろうか。


 人殺しだって、他人の人殺しを止めることは間違いじゃないし、窃盗犯が、窃盗を止めるのだって間違いじゃない。

 正論は正論として捉えるべきだ。


 俺はソプラが、ちゃんとお利口にできるか見守ることにした。


「すんすん、甘い香りがするわ。抱き心地も悪くない。奏が断れない理由も分からなくないわね」


 別にそんな理由でソプラを突き放せないでいるわけじゃないけどな。


「カナデ、この人、気持ち悪いよぉ」


 出会い頭、初対面。

 抱きついて匂いを嗅ぐのは、たしかに気持ち悪い。


「頑張ってるソプラは可愛いよ」


 慌てふためいてあるソプラを見て、無遠慮がどれだけ迷惑か知ってもらおう。

 そんな皮肉を込めてみました。


「天音お姉さん、汗が凄いですよ。涼しいところにいきましょう」

「詩子ちゃんがひんやりしてるから大丈夫だよ」

「え〜と、私、ちょっと匂いますし、迷惑ですよね」

「凄くいい匂いだよ」

「え〜と、え〜と、……」


 汗だく天ネェに、大しゅきホールされて、少し困惑気味の詩にゃん。暑苦しいから離してと言わない、とても良い子。


「ソプラ、俺は天ネェ止めてくる」


 ソプラの手を離す。

 まりんにハグされてるから、手を離したら迷子になるなんて言い訳も使えない。

 これで俺の監督不行と責任を負わせられることもないだろう。

 けど、ちょっと可哀想だから、アイスでも奢ってやろう。


「あとで俺のアイスを、ソプラにやるから、まりんと仲良くしててね

「カナデの……カナデのアイス! ソプラ頑張るね」


 悪巧みを思いついたようなメスガキ感溢れる笑みを浮かべたと思ったら、ソプラはまりんに抱擁をお返しする。

 きっと、余程アイスが食べたかったのだろう。


 これも全部詩にゃんのおかげだ。


「詩子ちゃんは可愛いわ、本当に可愛い」


 肩を抱き寄せ、腰に手を回し、天ネェは全身で詩にゃんを愛でていた。

 羨ましいと思いながらも、大好きな推しと、大切な姉がイチャイチャしている光景に、体の疲れを一瞬忘れた気がした。


「天ネェ、詩にゃんが可愛いのは当たり前だけど、ベタベタするなら時と場合を考えたほうがいい。天ネェ、汗だくなんだし」

 

 こんなに暑い日に、ベタベタなお姉さんに抱き疲れて喜ぶのは変態しかいないからね。


「ごめん詩子ちゃん、お姉さん、べたべただから気持ち悪かったよね」

 やっと、自分の状態に気づいたのか、天ネェは詩にゃんから離れる。


「そ、そんなことないですよ。天音お姉さんに抱きつかれてとても嬉しかったです」

「詩子ちゃん、大好き」


 フォローに入った詩にゃんのあまりの可愛さに、天ネェが再び抱きついた。


「あ、あつい……あついハグをされて恥ずかしいので……」

 うっかり、出そうになった本音を誤魔化して、言葉を選ぶ姿は、本当に天使だった。


「心の準備をください!」


 心の準備さえ整えば、ハグをしてくれるらしい。

 俺も頼んだら、検討してくれるからな?

 真剣なお願いごとに胸を打たれのか、天ネェは詩にゃんの顔を数秒見つめる。


「……詩子ちゃん、可愛いわ。もう大好き、大大大好き! 恥ずかしさなんて忘れるくらい抱きしめてあげるからね」

 

 詩にゃんが、天ネェの幸せスパイラルから抜け出すことは叶わなかった。天ネェのだいしゅきホールドは終わらない。


 これは何を言っても、だいしゅきホールドに向かう。終わりがないのが終わり。まさにお姉さんレクイエム。


 ……くだらないこと言ってないで、詩にゃんを助けるか。 


「天ネェ、今すぐ、天ネェに甘えたいんだけど……」


 天ネェの動きが止まる。


「かなで、お姉さんに甘えたい、って言った?」

「詩にゃんばかり相手してて、オレハサビシイヨ」


 もう、片言になる。言ってて恥ずかしくなってきたからね。


 天ネェは詩にゃんを離した。


「……かなでから甘えられたのは、小学生ぶりよ、詩子ちゃん、お姉さんはかなでをハグしてもいいのかな?」

 

 いつも誰の許可も取らずに、俺をハグしてくるよね?  


「いいですよ?」


 詩にゃんは首を傾けながら、俺へのハグを天ネェに許可した。そりゃそうだ。断る理由なんてないもんな。それでも、俺の一番は詩にゃんです。

 

「かなで、お姉さんはいつだって、かなでが一番だよ」


 汗だくお姉さんに大好きホールドをされて、詩にゃんの解放に成功したのである。


 そこには異様な光景が繰り広がれていた。


 スタイル抜群のギャルみたいな格好の美少女に抱擁されるロシア人ハーフの女の子。

 スタイル抜群のお姉さんにハグされる、冴えない男。

 それを不思議そうに、眺める、我らが天使な女の子。


 駅も近いから人通りはそこそこある道中。

 すれ違う男子学生達が、俺に殺意を向けているなと、感じながら。


 俺はお姉さんレクイエムをどう終わらせようか、考えていた。



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