8話
体育館の空気は、試合前の緊張で張り詰めていた。
島内大会。千種寺中と湊波中の交流戦。
男子も女子も、今年は主力が揃っていて、勝ちに行けると期待されていた。
女子の試合が先だった。
美幸はスタメン。
試合開始の笛が鳴ると同時に、彼女はまるで別人のように動き出した。
鋭いドリブル。
迷いのないパス。
相手のディフェンスを切り裂くようなステップ。
そして、ゴール下でのシュートは、まるで時間が止まったかのように美しかった。
「美幸、ナイス!」
「やば、今日の美幸、鬼だな!」
ベンチから歓声が飛ぶ。
体育館の空気が、美幸のプレーに引き込まれていく。
でも、美幸の心は、どこか集中しきれていなかった。
瞬の姿が、頭の片隅にちらついていた。
男子の試合が控えている。
そのことが、なぜか気になって仕方なかった。
後半、わずかにパスのタイミングがずれた。
シュートの軌道が、ほんの少し甘くなった。
誰も気づかない。
でも、美幸自身は、はっきりと“切れの無さ”を感じていた。
試合は勝った。
美幸はMVPのように讃えられた。
でも、彼女の胸には、言葉にならないもどかしさが残っていた。
男子の試合が始まった。
瞬は、いつも通りスタメン。
序盤から、仲間のミスを完璧にフォローした。
リバウンド、カバー、パスの受け直し。
誰かが崩れそうになると、瞬が必ずそこにいた。
でも、彼自身のシュートは少ない。
アシストばかり。
引き立て役に徹していた。
「瞬、ナイスカバー!」
「さすが、瞬。見えてるなー」
部員たちは賞賛する。
でも、華やかさはなかった。
目立つのは、得点を決めた仲間たちだった。
試合後、相手校のコーチが声をかけてきた。
「君、瞬くんっていうの? すごいね。あのポジショニングと判断力、なかなかできるもんじゃないよ」
瞬は笑って「ありがとうございます」と答えた。
でも、心の中では、何かが引っかかっていた。
美幸のプレーが、どこか不安定だった。
誰も気づいていない。
でも、瞬にはわかった。
彼女の動きに、いつもの“芯”がなかった。
原因はわからない。
でも、何かが起きている。
それなのに、自分は何もできなかった。
「役に立てなかったな…」
瞬は、体育館の隅でひとりつぶやいた。
部員たちは、勝利を喜んでいた。
ハイタッチ、記念撮影、差し入れのジュース。
笑顔があふれていた。
圭子は、その輪の中に入りながらも、2人の違和感に気づいていた。
美幸の視線が、瞬を追っていること。
瞬の笑顔が、どこか空回りしていること。
でも、圭子は何も言えなかった。
自分の瞬への思いを、隠すのに必死だった。
その夜、体育館の照明が落ちる直前。
誰もいないベンチに、美幸のタオルが置き忘れられていた。
瞬はそれを見つけて、静かに手に取った。
何かが、少しずつ、ずれてきている。
でも、まだ誰も、それを言葉にできなかった。




