6話
千種寺中の文化祭は、島の人たちも楽しみにしている一大イベントだ。
商店街の人々が屋台を出し、保護者が差し入れを持ち寄り、町内会のじいちゃんばあちゃんが体育館の隅で将棋を指す。
部活ごとの出し物も、毎年恒例の見どころになっている。
今年、バスケ部は「映像展示」と「体験コーナー」を担当することになった。
映像は、練習風景や試合の様子を編集して流す。
体験コーナーでは、フリースロー大会やドリブルチャレンジを行う予定だ。
映像編集係に選ばれたのは、瞬と圭子。
瞬は「俺、動画編集ソフトちょっと触ったことある」と言い、圭子は「記録係だから、素材は全部持ってる」と答えた。
自然な流れで、2人はペアになった。
美幸は、体験コーナーの準備係。
ボールの空気チェック、ゴールの設置、タイムスケジュールの調整。
体育館の隅で、空気入れを手にしながら、ボールの感触を確かめていた。
「瞬、あれさぁ…」
思わず声をかけそうになって、口をつぐむ。
いつもなら隣にいるはずの瞬が、今日は遠くの机で圭子と並んで作業している。
パソコンの画面を覗き込みながら、2人で何かを笑っていた。
その笑顔が、なぜか胸の奥をざわつかせた。
「…別に、どうでもいいし」
そう呟いて、ボールを強めにドリブルする。
その音が、体育館に乾いたリズムを刻む。
放課後、商店街の八百屋の奥さんが差し入れのミカンを持ってきた。
「美幸ちゃん、これ部活のみんなで食べてね。瞬くんにも渡してあげて」
「ありがとうございます。瞬は今、映像係でパソコンと格闘中です」
「そうなの?あの子、ほんとに気が利くよね。昨日も荷物運ぶの手伝ってくれてさ」
美幸は笑顔でうなずきながら、心の奥で何かが沈んでいくのを感じた。
その夜。
美幸は自室でプリントを整理していた。
文化祭のタイムスケジュール、体験コーナーの配置図、ボールの空気圧チェック表。
どれも自分が担当する仕事。
でも、手が止まる。
瞬の声が、頭の中で何度も響いていた。
「文化祭って、島の人たちが一番楽しみにしてるイベントだよな。だから、ちゃんと作りたい」
その真剣な顔。
そして、圭子と並んで編集していたときの笑顔。
あの距離感。
あの空気。
胸の奥が、じわじわと熱くなる。
理由はわからない。
でも、何かが気になって仕方ない。
美幸は立ち上がり、空気入れを手に取った。
ボールの空気は、昼間にチェックしたばかり。
でも、もう一度確認したくなった。
いや、確認する“ふり”をしたかった。
玄関を出て、隣の瞬の家に行き、瞬の部屋の前で立ち止まる。
中からは、PCのキーを叩く音がかすかに聞こえる。
ふと息を吐き、扉を開いた。
「瞬、入るよー」
「ん?どうした?」
「空気入れ、ちょっと貸して。明日の分、もう一回見とこうと思って」
「ほい、そこにある」
美幸は部屋に入るなり、床に散らばった漫画と靴下を見て眉をひそめる。
「片付けなよ、踏んでケガするよ。手伝うから」
「いいよ、これがお年頃男子の部屋だよ。むしろこの散らかりが俺の精神状態を表してる」
「それ、ただの言い訳」
「いや、芸術的混沌ってやつ」
美幸は空気入れを手にしながら、瞬の机の上に置かれた文化祭の編集メモに目をやる。
圭子の字で書かれた「美幸ちゃんのスロー再生、残したい」の文字が見えた。
「…ふーん」
瞬はベッドの上でゴロゴロ転がりながら、美幸を見上げる。
「Thank you, mam」
「は?誰がmamだよ。てかその英語、使い方間違ってるし」
「いや、俺の中では美幸は保護者みたいなもんだから」
「勝手に年寄りにすんな」
美幸は呆れたように笑って、空気入れを抱えて部屋を出た。
でも、心の中では、何かがまだざわついていた。
文化祭は、まだ始まっていない。
でも、何かがもう始まってしまった気がしていた。




