5話
小谷圭子は、瞬の優しさが好きだった。
誰にでも分け隔てなく接するところ。
男子にも女子にも、先輩にも後輩にも、先生にも町の人にも。
誰にでも、同じように笑って、同じように気遣う。
でも最近、その“誰にでも”が、少しだけ引っかかるようになっていた。
「大地、テーピング足りてる? 俺の分、半分使っていいよ」
「奈々先輩、荷物重そう。持ちますよ」
「湊波中のマネージャーさん、これ落としましたよ。あ、あと試合のスコア、こっちでも控えてます」
瞬は、誰にでも優しい。
それは、圭子が惹かれた理由でもある。
でも今は、少しだけ胸がざわつく。
それは、瞬が美幸にだけ見せる“特別な距離”を感じてしまったからかもしれない。
部活の行き帰り、境内での練習、ふとした会話のテンポ。
2人の間には、誰も入れない“当たり前”があるように見えた。
圭子は、自分が瞬に惹かれていることを認め始めていた。
それは、恋かどうかはまだわからない。
でも、瞬の言葉が、時々、胸に残る。
ある日の練習後、圭子が水筒を落としたとき、瞬がすぐに拾ってくれた。
「圭子ちゃん、これ。フタ、ちょっと緩んでたかも」
「…ありがとう」
「気をつけてね。水筒って、落ちると意外と危ないから」
その言い方が、優しくて、真剣で。
圭子は、思わず目をそらした。
その瞬間、自分の頬が少し熱くなっていることに気づいた。
その後も、瞬は何気なく圭子に声をかけてくる。
「圭子ちゃん、今日のタイム記録ありがと。あれ、助かった」
「圭子ちゃん、あの先輩の名前、俺すぐ忘れるんだけど、また教えて」
「圭子ちゃんって、気配りのプロだよな。俺、見習わなきゃ」
その“圭子ちゃん”という呼び方が、なんだか特別に聞こえてしまう。
でも、瞬は誰にでもそういうふうに接する。
だからこそ、余計に揺れてしまう。
部活の帰り道、圭子は美幸に声をかけた。
「ねえ、美幸ちゃん。瞬くんってさ…いつもあんな感じなの?」
美幸は、ペットボトルのキャップを開けながら答えた。
「うん。瞬は昔からあんな感じ。誰にでも優しいし、誰にでもふざける」
「…美幸ちゃんにも?」
「もちろん。てか、私が一番ふざけられてるかも」
その言葉に、圭子は笑った。
でも、心の奥では、何かが静かに沈んでいった。
その夜、圭子は日記を開いて、ペンを走らせた。
「瞬くんは、誰にでも優しい。
でも、誰にでも同じじゃない。
美幸ちゃんには、特別な“ふざけ”がある。
それが、ちょっとだけ羨ましい。
でも、私にだけ言ってくれた言葉もある。
それが、ちょっとだけ嬉しかった」
文字にしてみると、少しだけ気持ちが整理された気がした。
でも、ページを閉じたあと、胸のざわつきはまだ残っていた。
圭子は、瞬の優しさに惹かれている。
でも、その優しさが“誰にでも”向けられていることが、時々、苦しくなる。
それでも、明日もまた部活がある。
瞬に会える。
それだけで、少しだけ嬉しい。




