4話
夜の鷹取島は静かだ。
潮の音と、遠くの船のエンジン音が、窓の向こうでかすかに響いている。
美幸は自室のベッドに寝転びながら、天井を見つめていた。
圭子の言葉が、頭の中で何度も反響している。
「瞬くんのこと…どう思ってるの?」
家族みたいなもん。隣にいるのが当たり前。
そう答えたはずなのに、なぜか胸の奥がざわついていた。
そのとき、引き戸がスライドする音がして、瞬が顔をのぞかせた。
「美幸、数学教えてー。2年の篠原先輩に“お前は計算が感覚派すぎる”って言われた」
「…あー、いいよ。今ちょうどやってた」
瞬はずかずかと部屋に入ってきて、床に座る。
机の位置が変わっているのに気づいて、あたりを見回す。
「また模様替えしたのか。色気ねえなぁ」
「女子部屋にずけずけ入って何いってんの。それに、これは“ミニマム”って言うの」
「ここは俺らの子供部屋だ。ということは、俺の部屋でもあるってこと」
「その理屈、町内じゃ通じても、世間じゃ通じないよ」
2人は並んでノートを広げ、問題を解き始める。
瞬は真剣な顔で式を書きながら、時々「これで合ってる?」と美幸に聞く。
その顔が、ふざけている時とはまるで違っていて、美幸は少しだけ戸惑った。
「…ちゃんと考えてるじゃん。珍しく」
「俺はやる時はやる男だからな。普段ふざけてるのは、脳の熱を逃がしてるだけ」
「その言い訳、どこで覚えたの」
「俺の中の哲学者が言ってた」
「また妄想か」
瞬は笑って、ノートを閉じた。
「ありがとー、鬼コーチ!」
「Thank you, mam」
「は?誰がmamだよ。てかその英語、使い方間違ってるし」
「いや、俺の中では美幸は保護者みたいなもんだから」
「勝手に年寄りにすんな」
瞬は笑いながら部屋を出ていった。
その背中を見送った美幸は、ふと自分の胸のざわつきに気づく。
「瞬ってさ…誰にでも優しいよね」
ぽつりと呟いたその言葉は、誰にも届かない。
でも、自分の中にだけ、静かに沈んでいった。
その夜、美幸はなかなか眠れなかった。
瞬の笑顔が、何度も頭に浮かんでは消えた。
それは、恋ではない。
でも、確かに“何か”が始まっていた。




