2話
千種寺町の中学校は、校舎もグラウンドもこぢんまりしていて、バスケ部も男女合わせて十数人。
だから基礎練習の日は、男子も女子も一緒に走る。
体育館が使えない日は、千種寺の境内が練習場になる。石畳の上でのドリブルは足にくるけど、1年生の美幸と瞬にとっては、幼い頃から慣れ親しんだ場所だ。
「美幸、もうちょい膝落とせ!」
「瞬、フォーム崩れてるよ!」
互いに茶化すようでいて、バスケに関してだけは絶対にリスペクトを隠さない。
瞬は基礎と技術が丁寧で、誰よりも真面目にプレイする。
ただ、いつもフォロープレイに回りがちで、ガツガツした主張はしない。
それでも、誰よりも早く来て、誰よりも長く残って練習している。
努力家だと、先輩たちもみんな知っている。
美幸はというと、練習中はまるで別人だ。
鬼気迫る迫力で、声も動きも鋭く、誰も近づけないほどの集中力。
その身体は鍛えすぎて、引き締まりすぎて、見た人が一瞬ひるむほど。
色気なんてものは、完全に排除されている。
ただ、練習が終わった瞬間、汗を拭きながら笑うその顔は、まるで女神のようだった。
そのギャップに、先輩たちは「美幸って、バスケ中は鬼神で、終わったら天使だな」と冗談めかして言う。
「はー、今日も限界までやったな」
「お前、限界の定義おかしいんだよ」
そんな2人のやりとりを、少し離れたベンチから見つめるのが、小谷圭子。
女子バスケ部のマネージャーで、同じく1年生。
基礎練の日だけ、男子部員と一緒に練習する瞬のプレイが見られるのが密かな楽しみ。
瞬の優しさも、努力も、全部知っている。
でも、美幸との絆の深さに、少しだけ嫉妬してしまう。
圭子は、自分が瞬に惹かれていることは自覚している。
けれど、それが恋かどうかはまだわからない。
ただ、あの2人の間にある“何か”は、自分には踏み込めないものだと感じていた。
瞬が美幸にだけ見せる表情や、言葉のテンポ。
美幸が瞬にだけ許す無防備さ。
それは、誰にも真似できない距離感だった。
境内に響くボールの音と、寺の鐘の音。
熱と静寂が交差する場所で、3人の距離は少しずつ揺れ始めていた。
その周囲では、チームメイトたちがそれぞれのペースで練習を続けている。
キャプテンの佐野(3年)は、瞬のプレイを見ながら「ほんと、あいつは基礎の鬼だな」と感心しつつ、
「でも、もうちょい前に出てもいいのに」とぼやく。
副キャプテンの奈々(2年)は、美幸の鬼モードを見て「美幸ちゃん、今日も怖い…でもかっこいい」と呟きながら、フォームを真似している。
1年の男子・大地は、瞬に憧れていて「俺もああいうプレイしたい」と言いながら、
「でも、あの人、たまに変態発言するから油断できない」と笑う。
女子の真帆は、圭子の隣で「圭子ちゃん、今日も瞬くん見てるね」と茶化すが、
圭子は「べつに…マネージャーだから」とそっけなく返す。
その返事の裏で、圭子の視線はずっと瞬を追っていた。
瞬が美幸にパスを出すときの、わずかなタイミングの読み。
美幸が瞬にだけ見せる、ほんの一瞬の笑み。
それらが、圭子の胸の奥を、静かにざわつかせる。
この小さな部活の中で、それぞれが誰かを見て、誰かに憧れて、誰かに嫉妬している。
それはまだ、恋とは呼べない。
でも、確かに何かが始まっている。
そしてその“何か”は、次の放課後、圭子が美幸に「ちょっとだけ聞いてもいい?」と声をかけた瞬間から、静かに動き出すことになる。




