10話
島の空気は、少しずつ秋の匂いを帯び始めていた。
朝の港には、長袖姿の住民が増え、校庭の木々も色づき始めている。
文化祭、試合、観戦と続いた日々が過ぎ、学校はいつもの静けさを取り戻していた。
美幸は、体育館での練習に集中しようとしていた。
でも、瞬の様子が気になってしまう。
最近、彼はよく空を見ていた。
ボールを回しながら、ふと窓の外に目を向ける。
その視線の先に、何があるのかはわからなかった。
圭子は、部活のあともすぐには帰らず、校舎の裏でひとりノートを開いていた。
ページの隅に、何度も書いては消した言葉が並んでいる。
「ありがとう」「ごめんね」「好きでした」
どれも、まだ誰にも渡していない。
父親から転勤の話を聞いたのは、数日前だった。
「来月には引っ越すことになる。東京の学校に転校だ」
圭子は、何も言えなかった。
ただ、部屋のカーテンの隙間から、隣の家の灯りを見つめていた。
瞬の部屋の明かり。
美幸の笑い声。
それらが、少しずつ遠くなっていく気がした。
翌日。
瞬は、いつも通り部活に来ていた。
仲間のミスをカバーし、笑っていた。
でも、美幸にはわかった。
その笑顔が、ほんの少しだけ、届いていないこと。
「瞬、最近ちょっと…変じゃない?」
「そう?…疲れてるだけかも」
美幸は、それ以上聞けなかった。
でも、胸の奥がざわついていた。
圭子は、2人の距離が少しずつ変わっていくのを感じていた。
美幸の視線が、瞬を追っていること。
瞬の言葉が、美幸にだけ柔らかくなること。
それを見ている自分の心が、静かに痛むこと。
でも、何も言えなかった。
言えば、何かが壊れてしまう気がした。
その夜。
圭子は、2通の手紙を書いた。
ひとつは美幸へ。
もうひとつは瞬へ。
便箋には、丁寧な字で綴られた言葉が並んでいた。
「ありがとう」「一緒に過ごせてよかった」「これからも、バスケ、がんばってね」
そして、最後に小さく「好きでした」と書かれていた。
翌朝。
圭子は、制服のポケットに2通の手紙を入れて、港へ向かった。
ポストの前で立ち止まり、深呼吸をする。
風が、髪を揺らした。
圭子は、そっと手紙を投函した。
赤いポストの口が、静かにそれを飲み込んだ。
この島での時間が、終わる。
だけど、あの2人の時間は、きっとまだ続いていく。
そう思えたことが、少しだけ救いだった。




