だって私はお飾りだもの。
始まりは兄が馬車の事故で亡くなったことだった。それを一番の理由として、高齢であった父と母はレイクス伯爵の地位を返上することに決めた。
彼らは大切な跡取りを失ってとても疲れていたのだと思う。
はるか昔から人を癒すことを生業としてきたが、自分たちが健全でなければそうもいかない。
だからこそ、早めに結婚して身を固めて幸せになってほしいと願う父と母の気持ちに答えた。
しかしそれには弊害もある。
きちんと人柄まで精査する暇もなく選んだ婚約相手だったので、望まぬ状況にカレンは置かれていた。
「……見てみろほら。都会の中央貴族様は私たちと交流する気はないらしい」
「ははは、たしかに、なんせここは田舎のさらに辺境ですから、仕方ない」
「それにしても派手な見た目ですな。どれほどの人ごみの中にいたとしても一瞬で見分けられそうだ」
婚約者であるクリフトンは、そうして孤立しているカレンのことを助けるでもなく友人たちと笑って一人ぽつんとしているのを見ていた。
スペンサー辺境伯家の大ホールで開かれたパーティーだが、これほど人がいるのに、誰も彼もがカレンを避ける。
それは主催者側である彼があんな調子だからだろう。
誰もよそから来たカレンと仲良くなろうとはしないし、婚約パーティーだというのに祝福しているという雰囲気ではまったくなかった。
「なに言っているんだ。王都なんてあんな派手な女がゴロゴロとしている場所だぞ? 派手なことだけが取り柄の品のない人間の集団だ!」
その言葉はまるで、カレンもそうだと言われているようで、俯くことしかできない。たしかに目立つ金髪に青い瞳をしていて目を引くだろうが、派手な生活が好きというわけでもないし、一応は普通のつもりだ。
「ただ、顔だけは悪くないし、ほら、見てみろ乳もでかいっ! 丁度、侍らせておくのにちょうどいい背丈で、誰が見てもお飾りだとすぐにわかる! まったくいい婚約者を貰ったもんだ!」
「ハハハッ、たしかに! これなら、他のつつましい女性に手を出しても文句も言われないでしょう!」
「はは~、なるほど名案ですね! クリフトン様っ」
彼らの大きな声を聴いて周りの貴族たちがくすくすと笑う。たしかに皆地味な色の髪をしていてカレンと似たような容姿の人間はどこにもいない。
けれどもこの髪や目は本来は名誉なものなのだ。王族に貢献をして血を混ぜた高貴な……。
…………でも、お飾りに丁度いいなんて……。
ぐっと拳を握ってカレンはさらにうつむく。
調子に乗って、手を叩いて笑うクリフトンはローテーブルに置かれた自分のグラスをふいに倒して、カシャン、カラカラと音を立てた。
すると不自然なほどに、クリフトンの方へと人が集中する。どうやら元からそういうことを良くしてしまう、そそっかしい人というわけではないらしく、多くの人間が心配そうに彼の元に集う。その隙にカレンはソファを立って婚約の結果を重く受け止めたのだった。
「なにもしなくていいわ。どうせ……あなたみたいな小娘にはなにもできないでしょうから。はぁ、まったく、レイクス伯爵家とのつながりがあればと思ったのにとんだ期待外れね」
「……繋がりとは……私の家系の力のことですよね。それなら私も修練を積んできましたし━━━━」
「いらないって言っているのよ! どうせあなたみたいなのは遊び歩いて碌に苦労もせず親に言われたから婚約したのでしょう? 婚約した途端に家業をたたんだなんて……っ、若くて美しいからって、年上を舐めないことね」
クリフトンの母親であり、スペンサー辺境伯でもあるルシンダに睨まれ、カレンは黙るほかない。
そんなことはないと言いたいけれど、端からそうして決めつけてくる相手なんてどうやっても納得させられるわけもない。
彼女は扇子をぱちんとしめて、それから鼻を鳴らして、うつむくカレンに一歩近づいて低い声で言った。
「所詮あなたなんて、中身の伴わないお飾り。この屋敷ではわたくしがルールよ。貴族らしい生活はさせてあげるわ、でも分不相応に踏み込んで多くを望まないことね? クリフトンは忙しいのだから」
「……はい」
「あら、いい返事だこと。精々、こうしてお飾りでもこの屋敷で暮らせることを光栄に思ってつつましく生きなさい。じゃあもう、わたくしの前に顔を出さないこと。見るだけであなたみたいな外見だけの女、腹が立つわ」
「…………」
言うだけ言って彼女は振り返って去っていく、どうやら部屋からでてクリフトンやルシンダと交流を深めるための時間も、タイミングも与えられないらしく、カレンはなにもできない。
ここまで来るのに覚悟を決めてきたはずだった、どんな人でも向き合おう、どんなふうでもいいところを探そうと。
でも勝手に決めつけられて、交流を持とうともしない人にそうしても、意味などない。
やれることがないこの状況に、ぐっと目をつむる。
自分がやるべきこと、できることはなにかと必死に心を落ち着けて考えた。
まだ結婚までには猶予がある。結婚式は盛大にあげるのがここの習わしであり、その準備までに時間がかかるからだ。
だからこそ、カレンはお飾りという言葉を甘んじて受け入れるのではなく自分から行動を起こすことにした。
必死に、彼らの望むことを考えたし、外見だけは価値を感じてくれているならばと磨きをかけてより誇らしく思ってもらえるように動いてみたが身を結ばない。
むしろ「外見しかとりえのない女」だと言われて、パーティーではいつも陰口を叩かれる。
ルシンダはカレンを無視するようになり、結婚が近づくにつれてひしひしと虚無感が募っていた。
けれどもある日、こちらに来てから一度もなかった私室への来客があった。
クリフトンかルシンダか、どちらだろうかと心が躍っているのだか、拒絶しているのだかよくわからない心境になった。
強く打ち付ける心臓が少し痛くて緊張したけれど、侍女が告げたのはイライアスという人物の名前だった。
知らない人物だったけれど、まともに話せる相手を求めていたカレンにとっては、そんなことは些細なことで、部屋に通すとクリフトンに似ても似つかない彼の兄だった。
「……初めまして、早めにご挨拶をしておきたいと思っていたんだけれど、クリフトンの兄のイライアスです。どうぞよろしく」
咳ばらいをしてから丁寧に言った彼に、用意もしていなかったので出せるものがないが一応ソファーを勧める。
「初めまして、カレンと申します。とりあえず、おかけください」
「ああ、悪いね気をつかわせて」
「いいえ、一応。私も魔法使いの端くれですから」
そうしたのは、イライアスの体調がものすごく悪いように見えたからだ。カレンよりも白い肌に、服で隠しているけれど線の細い体。青白い顔に今にも倒れそうだと感じた。
……それに、本来なら挨拶に伺うのは私のほうだし……でも、お兄さまがいるだなんて話は聞いていない……。
それはもしかすると、彼が見たらわかるほど体調が悪く日常生活に支障が出るほどに病気が進行しているから、無かったものにされているのではないかと想像できる。
彼が腰かけたので、カレンも深くソファーに座り込んで視線を向けた。
「じゃあ、あまり多くの説明はいらないね。……それにしても、えらく美人な方に来てもらったんだね、クリフトンは」
カレンが彼の状態を見てすぐに彼の状況に納得したことをイライアスは察して、それからカレンを褒めた。
しかしその言葉に、浮かべていた笑顔はどうにもぎこちなくなって、こんなふうに傷ついているつもりなんてないのにと自分を否定しながらもうつむいた。
「……あれ、褒めたつもりだったんだけれど」
「いいえ、すみません。ただ初対面の方にこんなことを言うのはなんですが、そのせいでかわからないけれど、それも一因でここに酷く馴染めていない感じがしていて」
「……」
「どうすればいいかと思っていたけれど、耐えているうちにもうあきらめたい気持ちも出てきて、でもこんなに耐えたのに簡単に逃げ帰るのもと思っていまして」
「……ごめんね、あまりいいタイミングでこられなくて、それにそうか……クリフトンは……ううん。母上も、ほかの親類もよそから来た君にいい顔をしてないのか」
言うつもりのなかったことなのに、ほんの少しまともにカレンと話をしてくれそうな人というだけで、カレンはなぜだか酷く安心して、気持ちを吐露してしまう。
こんなに弱気になったこと今までなかったのに、一人でここまでやってきてきつく当たられたことは相当堪えているらしい。
そのことを改めて自覚した。
しかし初対面の彼には関係がなくて、カレンは話を切り替えて少しは彼が楽しめる話題の提供をしようと考える。
「一人でこんな土地までやってきて心細い女の子に、どうしてそんなことができるんだろう。できることなら俺がガツンと言いたいところだけれど……身内が本当に申し訳ない」
けれどもすぐにカレンの心に寄り添って、謝る彼にどうにも強がる気になれなくてわかってくれるのかと言いたくなった。
「俺にはなにもできないけれど……簡単に逃げ出すのも……だっけ、その気持ちが少し楽になる話、させてもらえる?」
「え、ええ。もちろん」
穏やかに話を続ける彼に、カレンは頷いて耳を傾ける。
「この領地、スペンサー辺境伯家には……実は呪いがあるんだ」
「……呪いですか」
「そう、昔から守ってきた古く高貴な血筋で、下手な問題のある血を混ぜないように必死にやってきているのに、それでも呪いは世代を渡って発現する」
突然の不思議な話だったが、彼はとても真剣そうに言う。
「病とはよそからやってくるものだと思っている、だからこの土地の人間は結束が固くて、君のことも攻撃しているんだと思う。でもそんなことをしたって俺はあまり意味がないと思ってる。だってそれが正しいのなら、たしかに俺は母上から生まれたはずで、何度家系図を見直しても、俺は間違いなくこうなる理由はない」
「どこか悪いの?」
「そうだね、魔力を生成する器官が俺の場合悪いけれど、その魔力的な疾患以外にも、呪いは目に出る」
「……」
「ある日を境に視界が狭くなって、いつの間にか全盲になるらしい。それで母上と同じように高貴な血統のはずの父上は気が狂って亡くなったんだ」
彼の話は聞く人によっては怖いと感じるような雰囲気をはらんでいて、すでに酷く体が悪そうな彼に言われると多くの人は呪いは本当のものなのかもしれないと思わせる力があるだろう。
「だからクリフトンは怯えているんだ。いろんなもので気を紛らわせて、人を貶めて自分は人より上位の存在だと思って呪いになんか屈しないと思いこもうとしている。母もあきらめつつも伝手を探していつも気が立ってる」
イライアスは笑みを浮かべて彼らのことをそう言い表す。その言葉に、少しの哀れみが含まれているのを感じた。
けれども、それからカレンに視線をむけて「だから」と短く言った。
「しょうもない人たちだし、そういう宿命なんだよ。いつかスペンサーの男は魔力を垂れ流しになって全盲になって死ぬものだから、カレンさんが腹を立てているのもわかるけれど、どうせそうなるし無駄な時間をかけずに、自分を大切にしてくれる人のところへ行った方がいいよ」
「大切に……ね。お飾りだなんて馬鹿にしない、人のところに……」
「そうそう。この呪いは本当のことだからね」
イライアスは念押しするようにそう言って、眉尻を下げて笑う。
その念押しに、カレンはそうだと思う。
……お飾りでそんな人たちに時間を使って一生を過ごすなんてもったいないわね。たしかにそう。それに……。
「……ええ、知っているわ。血に宿る病。大変なものよね」
「あれ、知っている話だった?」
「ええ」
……彼がいつか苦しんで死ぬのだとしてもそうじゃないわね。今の話を聞いて優しく諭されて思ったけれど、これだけ耐えたから簡単には去りたくない、そう思うのは、私自身がこの状況に苦しく思っていてそして腹が立っているから。
だから簡単に去るのではなく、私をお飾りだなんて決めつけて貶めたことを彼らに後悔してほしい。
それが一番納得の行くカレンの去り方だ。
「だって王族も苦しんだ病だわ。資料があったわ。それに彼らは隠している様子だったけれど人の口を完全にふさぐことはできない……確証はなくても私は知っていて選んだのだもの」
「え?」
「協力、してくれるかしら」
カレンの見立て通り、しばらくするとクリフトンの病状は悪化し部屋に引きこもることが多くなった。
彼はああして健康そうに見えていたが、クリフトンの話を聞いた時から目の症状にピンと来ていたのだ。
出会ってから観察していて少々目が悪いのかもしれないと思っていたが、元々その視界ならば極端に不便はない。しかし、時折グラスを倒したり、またはなにかにぶつかったりしている様を見て、もう彼の血の病は始まっていると察することができた。
「だから! 早く一刻も早く、魔法使いが必要だろ! もうこの際どんな奴でもいいっ! それかあいつはどうだ! 言ってただろ、調子がいいって」
「…………よ。…………、…………だもの」
彼の部屋の扉の向こうから、乱暴に怒鳴り散らすクリフトンの声が聞こえて、なんとか冷静に話をしているルシンダの声はなにを言っているのかわからない。
冷静に考えれば彼の主張は意味をなさない。
普通の水の魔法使いに治せる病気ならば、今までだって苦労してこなかったはずだ。
だからこそ冷静に説得してルシンダはどうにか予定を立てようとしているらしい。
しかしそんなシリアスな場面に、カレンはなんてことのない顔をして勝手に部屋の扉を開いて、書類つづりを抱えて入る。
直前に彼と目が合った時はとても心配そうな顔をしていたので、安心させるように微笑んだ。
それから無礼にも勝手に部屋に入ってきたことに驚いて視線を向ける彼らにカレンは姿勢を正して大きく短く息を吸ったそれから気丈に言う。
クリフトンはベッドの中で座って片方の目を覆うように頭に包帯を巻いていた。一方ルシンダは彼を看病するようにベッドサイドに椅子を持ってきて寄り添っている。
「取り込み中のところ悪いけれど、話は聞かせてもらったわ。クリフトン、ルシンダ様。その目の病、ものすごい速度で進行する呪いの病なのでしょう?」
「……っ、な、なによ。突然……今まで大人しくしていたくせに……あなたに説明をしている暇なんて――――」
「いいえもうすべて聞いたわ。このスペンサー辺境伯家の曰くも。不憫だとは思うのよ」
「っ、お前に同情される筋合いはない、お前はただ、俺の所有物として形だけの妻を演じていればいいんだ!! わかったら、早く出ていけ!!」
気の立っているクリフトンに怒鳴りつけられて、カレンはその咆哮に体が少しすくむ。けれどもきつく書類を握りしめて、ぐっと奥歯を噛みしめて笑みを浮かべた。
「あら、その通り、私は形だけの妻、お飾りなのよね。ルシンダ様にも言われたし、あなたの態度でもう十分わかった」
「なら――――」
「でも、だからこそ、私はそうしてお飾りだということを受け入れていたし、あなたたちの行動を甘んじて受け入れていた。それは、それでもあなたたちに養ってもらえるって状況があったから」
首をかしげてそうだろうと彼らに問いかける。しかし怪訝そうな顔をしているだけで彼らは言葉を返さない。
「お互いに利用するだけの表面的な関係だとあなたが示した。でもそういうことなら、あなたの病、これは大きな問題よね?」
「問題……だと?」
「わかるでしょう? あなたが死んだらきちんとしたこの家とのつながりを持っていない私がどうなるか」
「しっ、死んだらなんて縁起でもないわ!」
「縁起が悪くても訪れるし、実際あなたのお父さまもその病で亡くなっている。それを隠して婚約を結び、あまつさえ結婚をしようとしていたなんて、酷い詐欺行為だわ」
「詐欺だなんてそんな……そもそもあなたの夫になる相手がこうして苦しんでいるというのに……」
「お飾りの妻になにを望んでいるの? あなたたちがそう示して私を爪はじきにしたのに」
情に訴えかけて非難しようとするルシンダに、彼らが言った言葉を逆手にとってカレンは煽るように聞き返した。
「それでも妻らしく心配しろなんて、言えないわよね。でもいいのよ、病が進行して気が動転しているのかもしれないもの」
「……」
「だから、今の言葉は水に流すわ。でも、あなたたちに大きな欠陥があったことは看過できない。普通の信頼を構築して支え合う関係だったならまだしも、私はまだまだ何十年も未来がある。それなのに今をあなたたちのために使うつもりはない」
「…………性悪女め、……これだから都会育ちは人情ってものがない」
「あなたにかける人情なんていらないわ。私にほんの少しの歩み寄りもしてくれないのだもの。だから私は王都に戻って王族にそのことを告発して慰謝料を請求して婚約破棄を申し出る」
「は、はぁ?」
「当たり前のことだわ。……でももし今ここで、書類にサインして婚約を解消してくれるなら、慰謝料は無くてもいい」
一度言葉を区切って、カレンは問いかける。
「どうする?」
書類をベッドに放った。その姿はまさに彼らが、こんなふうだろうと決めつける外見しか取り柄のない悪女のように見えたのではないだろうか。
「っ……っ~、お前みたいな女、外見が良くても婚約なんてしなければよかった!」
捨て台詞のように言う彼に、カレンだって婚約のことを後悔しているのだからお相子だ。
それから渋々、書類にサインをする様子を見て、ルシンダは眉間にしわを寄せて肩を震わせた。
「っう、……うぅ、こんな追い打ちってある? ……うっ」
「母さん……っ早く出て行けよ! もうどこにでも行けばいい!」
泣き出した母の肩を抱いて書類を投げつけるクリフトンは瞳を赤くして泣き出す寸前という様子だった。
しかしそんな姿を見てもとてもじゃないが同情する気持ちはわかなくて、被害者ぶる様子に嫌悪感すら抱いた。
そして、書類をきっちり持ち、カレンは思い切り息を吸って「そうねっ」といって続けて声を張る。
「行くわよ、イライアス! 用事は終わったから」
するとその合図を皮切りに、急いで扉が開き、そこには初めて会った時よりも随分と回復して男性らしく逞しくなった彼の姿がある。
「っ、もういいの?」
「ええもちろん。王族の血の病も治した私の特別な魔法で病を克服したあなたと一緒なら! なにも怖くないものねっ」
わざわざそう口にするカレンに、イライアスはとてもバツが悪そうに自身の母や弟を見た。
大変だったのだ。ここまで彼らにばれないようにイライアスを治療するのは。
使用人を買収したり、魔力を多く使ったし、それでもこの病は特別で実は治るものじゃない。
だからこそカレンの言った言葉には少々嘘も含まれていた。
しかし、苦しまなくていいようにして進行を止めたり少しは改善させたりもできるので、この力は今の彼らにとって喉から手が出るほど欲しいものだろう。
「っ、え?」
「は? ……治ったって、お前……」
「私のことを勝手に外見で判断してお飾りには丁度いいなんて決めつける人たちに使う魔法はないけれど、あなたとの関係は本物、あーあ、本当なら誰も苦しまなくていいようにしたかったわ」
言いながらカレンはイライアスの手を取る。その行為も言葉も彼らには咎められることではないはずだ。婚約も破棄したし、婚約中だって、お飾りだと言われて事実上の関係などなかったのだから。
だから当てつけで本当の関係をアピールしても、彼らにはカレンを糾弾する権利も、害をなす手立てもない。
「でも、クリフトンもルシンダ様も私をお飾りだと決めつけて。なにもできないしさせないと押し付けた。だから、それでいい。いまさら私は、あなたたちのことなんて助けたくないもの」
「は、はぁ? ……」
「っ……」
驚愕の表情でこちらを見て固まる二人をしり目に、イライアスはぎこちなく笑みを浮かべて問いかける。
「……それで、カレン。ところでここからどうする予定か聞いてもいいかな」
その言葉に、カレンはとてもスッキリして、スカッとした気持ちになってから「……さあ?」と彼に笑みを返す。
そういえば、こうして当てつけることだけを考えて計画を立てたけれど、頭に血が上っていて、その後についてはあまり考えていなかった。
「わからないわ!」
「あ、なるほど」
「……つ、捕まえて!! その女を!! はやく!」
「とりあえず、逃げるよ!!」
ルシンダが叫ぶ。それと同時に、イライアスに手を握られてカレンは走り出した。
そしてカレンはやっと思いだした。
いきなり家を飛び出して婚約してみたり、カレンには必要ないと言われているのに血の病に対する魔法を覚えたり、魔法使いになってみたり、カレンはそういう無鉄砲なところがある。
そしてうまく行ったりいかなかったり問題に当たると、それを助けてくれるのはいつも兄だった。
手助けしてくれる人がいて、カレンは初めて自分らしく事を成せる。
「っ、は、……はっ、……っ、はあっ」
お飾りなんて言われて突き放されて、孤立してしまえばなにもできない。だから抜け出せてよかった。
と同時に兄は本当に死んでしまったのだと酷く自覚するみたいで、寂しくて今までの、つらさが押し寄せてくる。涙が滲んで落ちていく。廊下を駆け抜けながら、魔法を使い、兵士たちをあしらいつつイライアスに連れられて足を動かしたのだった。
イライアスの病を止めるための魔法具に、カレンは小さな修正を加えるために分解して魔法石を取り換えていた。
それ専用に特化している工房のある実家に戻ってこられたので、修正は容易であり、彼も健康体と言っても過言ではない。
最初は実家に戻ってどうするかという心配もあったのだが、カレンがいなくなってから両親はやっとカレンが心配で立ち直ったらしく、男を連れて帰ってきたにもかかわらず、嫌な顔はしなかった。
それから後継者になって爵位を継いでここでやっていくのがいいだろうと彼らは言った。今は、秘匿されていた王族の血の病、それからスペンサー辺境伯家の病も公表されて公にその仕事を担っている。
もともと王族の病は、その神聖性が疑われる可能性があるために隠されていたのだが、過ぎたことであればいいだろうという許可が下りたのだった。
だからこそカレンの技能は高く評価され、そしてその病についても人々の間に広く知られるようになった。
それなりの依頼が来る中で、何度もあったクリフトンの打診には父と母が対応し、連れ返ったイライアスとの関係もまとめてくれた。しかし目の症状はほかの疾患に比べると難しくすぐに対応できなかったこともあり、クリフトンの目はもう戻らないそうだ。
……それが正しいことかはわからないけれど、私は報いだと思う。
そうきっぱりと考えつつ、作業をした。考えごとをしていてもテキパキと手は動いていてあっという間に、完成間近だ。
そんなときにノックの音がして、従者のようにトレーを持ったイライアスが現れる。
「お茶を持ってきたよ。カレン、いつもありがとう」
「……当たり前のことをしているだけよ」
彼は作業台に座っているカレンの前に湯気の立った紅茶を置いて、それから自分も適当な椅子に座って、紅茶を飲んだ。
「そんなことない。君がいてくれるから俺はこうしていられるんだよ」
いつものように返すと彼もまたいつものように返して目を細めた。
その様子に、いつもだったら「大袈裟ね!」とか「ならこの気づかいでおあいこだわ」と返したりするのだが、今日はクリフトンのことを思い出していたので、つい口が動く。
「……でも、ただの好意とか献身じゃないわ。……だって私たち夫婦だもの。本物の」
「うん。俺はこの家の役に立てているか少し不安だけれどね」
「私は、あなたにとても助けられているし、支えられている。だから、あたりまえよ。イライアス。私も支えてくれて、ありがとう」
カレンは気恥ずかしく思いながらも、笑みを浮かべてその金髪をなびかせた。
その様子にイライアスは少し考えてそれから、ありがとうの応酬になりそうだと感じたのか「どういたしまして」と返して続ける。
「これからも君を助けられたらいいな。些細なことでも、役に立って君のそばにいたい。助けてくれた恩を感じている以上に、大切で君の笑顔が好きだから」
その彼の言葉は、本当の夫婦らしくそこまでの気持ちは、きっと夫婦の間に芽生えるという“愛”ではないかとカレンは思った。
その実感はとてもうれしくて、胸がきゅっとして、でも少し恥ずかしくてまだ、うまく受け止められずに照れ隠しに紅茶を飲む。
いつか、きっちり受け取れたらいいなと思うのだった。
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