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21話 センバは絆の灯る街



 それから二人はセンバの街を噛みしめるように――ゆっくりと練り歩いた。


 コムギにとっては十八年間もの間慣れ親しんだいつもの光景のはずだった。だけどもすべてが新鮮に思えたのは、きっと祭りの非日常性だけが原因ではないだろう。


 隣にエノがいるからだ。彼と見て、通って、思う場所はすべてが初めての光景だった。


 露店をいくつも回った。途中知り合いの人たちに何度も声をかけられた。少し恥ずかしかったけれど、こんなに多くの人に見守られて過ごしてきたんだなぁという実感が沸々とわいた。


 長い距離をゆっくり、一歩一歩を大切に歩いた。アズキが作ってくれた服のは非常に動きやすくて、疲れは感じなかった。あるいは、エノと二人並んで歩くのが嬉しくて楽しくて、疲れてる暇なんてなかったのかもしれない。


 パンの提供が大成功に終わった今、重荷から解放されて身軽になったことも相まって、コムギは浮かれすぎて飛んでいってしまいそうだった。本当はエノに祭りの魅力を伝えるつもりが、自分のほうがはしゃぎすぎしまったような気さえしてくる。


 その間ずっと、エノは微笑んで隣にいてくれた。一秒一秒が本当に楽しくて、幸せで、仕方なかった。


「――色んなことがありましたね」


 街の中央部、美しい噴水が水路の合流地点となっている広大な広場に着いたとき、エノは誰に言われるでもなく、ぽつりとそう呟いた。


 それを皮切りに、賑やかな人混みから距離を置いた場所で、彼は溢れるように思い出を語り始める。


「毎朝誰かとパンをこねて、焼いて、食べるという経験をすることになるとは思いませんでした。山で襲ってきた山賊が今ではパンの提供を手伝っています。仕事から離れて穏やかなピクニックをしたこと。誰かと仲違いを経て、仲直りをすること。仲間に腹を割って相談すること。お祭りの準備に関わること。――誰かとお祭りを見て回って、楽しむこと」


 鮮やかにライトアップされた、幻想的な街の景色をまっすぐに捉えていたエノは、そこまで言うとコムギのほうに体を向けて、一度目を見つめてから、お辞儀をする。


「これらはすべて、コムギさんがいたからできた経験で――僕にとってとても大切な思い出です」

「いやっ、私なんてそんな……」

「本当です。……僕はこの一ヶ月間を生涯忘れないでしょうね。単なる休暇では片付けられない思い出になったのは、――本当にコムギさんのおかげだと思っていますから。改めてお礼を」


 エノは再度、深々とお辞儀をした。コムギは相手からだけそんなに大きな感謝をされることは、何度されてもやっぱりまだ慣れることはできなくて、同じようにお辞儀をしてお茶を濁した。

 それから今度は自分の番、とばかりにコムギは一呼吸置いてから話し出す。


「私も、エノさんと出会えてよかったです。一ヶ月間、ありがとうございました」


 ――一ヶ月、かあ。


 口にしてみると、ずいぶん短い期間だったのだな、と再認識させられる。

 だけどもたったこれだけの期間は、コムギにとって初めての連続で。何年にも匹敵するぐらいの濃い期間であったことは疑いようもない。


 この後エノは見回りがあるはずだから、もしかしたらここが別れの挨拶になるのかもしれない。そう思うと、途端に名残惜しい時間になってくる。


 一ヶ月。彼と過ごしたその時間は、本当にじゅうぶんだったのか。その答えはわからない。


 ――ひとつ確かなのは、もっと彼といたかった、もっと彼といたい、と今でも心臓が痛いぐらいに叫んでいること。そのままそれを声にして叫んでしまいたい。そんな衝動に駆られたとき、あることが脳裏をよぎる。


『そこで大切な人と踊れば、その仲は神聖な海に誓って長続きする、とされているんです。だから外から多くの人が訪れてくれるんですよ』


 響いてくるのは自分の声だった。

 彼との時間が終わってしまうのは嫌だ。ここでこの縁が千切れてほしくない。もっとこの仲が続いてほしい。それに最適な理由付けを見つけるために、無意識に記憶の書庫を荒らし回って、引っ張り出してきた一冊の一ページに刻まれていたのがその言葉だったのかもしれない。


 がやがやする群衆の声が聞こえないぐらい、コムギは二人の世界に入り浸る。集中する。上手く伝えられるか不安だけど、やってみよう。


 「あの」が被る。エノはなにを言おうとしたのだろう。気持ちが、言いたいことが、同じだったらいいなと思う。でも、そうでなくても、そうであってもむしろ、自分から伝えなきゃダメだ。


「私から言わせてください」


 エノとまっすぐ見つめ合う。彼の綺麗な鏡に自分の姿が反射しているのが見える気さえしてくる。


 でも大丈夫。今の私は自信を持って、彼の前に立っているのだから、とコムギは意気込んで、口を開く。


「エノさん、私とこの後――」


 これだけ多くの人が、声があるはずなのに、自分の声の一音一音が反響してうるさいぐらいに聞こえる。


 自信はあっても、鼓動はずっと鳴りっぱなし。だけど、伝えよう。いま楽になるためじゃなく――ただ、この先のために。


 そして、言え、と自分を応援しながら次の一文字の子音だけが出たか、という瞬間だった。



「――あーっ! コムギちゃんだーっ!!」



 人混みを一列、二列越えて飛んでくる、元気な元気な少女の声。よくよく響いた聞き覚えのあるその声に、二人は一気に現実に引き戻されて、声のほうを見る。


「あっエノもいるー! おーい何し……むげっ」


 日もすっかり落ちた夜だというのになぜか日中にも増して元気な彼女――リザンテラがそう言っている途中で、隣で焦りまくっているマグワートに「ばかお前……っ!」と両手で口を塞がれているのが見えた。そのさらに隣ではユリグルが頭に手を当てて、あちゃー、と下を向いていた。


 さすがにそのままにしておくような距離でもなかったため、二人と三人は流れで近づいて合流することとなった。人影で見えなかったが、ユリグルの隣にはノイバもいたらしい。

 流れで今度は騎士の四人――おそらく仕事の話をしているのだろう――とその後ろをコムギとマグワート、という形に分かれて、人混みの一部に溶ける。


「すみません……クッソ邪魔してしまって……」


 マグワートは目を細めて眉間にしわを寄せながら、自分の失態のように何度も謝っていた。カップルというより保護者みたいだ、と感心しつつ、コムギはエノに伝えられなかった言葉を飲み込んでしまった。


 多分、その後に彼らがすぐ仕事をしていたのであれば、チャンスがないこともなかったかもしれない。


 ただ騎士隊がもうすぐ街からいなくなってしまうということもあってか、彼らは街の人たちに囲まれたり、飲みに連れて行かれたりして――とにかく、告白はおろか、舞踏会への誘いもできる雰囲気ではなくなってしまったのだ。



 それから二時間ほど経って、街の人たちも徐々に寝静まっていき――舞踏会が始まったらしい。

 らしい、というのはコムギが舞踏会の舞台である中央部から少し離れたところから眺めるぐらいにとどめ置いているからだ。踊る相手もいないからと、のんびり、そこにいない誰かと踊る自分を想像しながら――鮮やかな光飾をただぼんやりと見つめていた。


 その時、なにか――映ってはいけないはずのなにかが、コムギの視界の端をかすめた。


 ――ダイズ?


 なんの見間違いかと思った。なにより先に、誰と、あるいは何と混同したのかを探った。


 だけど、遠くのほうを駆けていくのは、紛れもなく愛する弟ダイズの姿で――こんな夜半には、家でとっくに寝ているはずだった。


 見間違いであるのならそれでよかった。むしろ、見間違いであることを確認しに行くと言っても過言ではない。どちらにせよ、誰にせよ、この時間に小さな子が一人で歩いているのは危なすぎる。


 コムギはドレスの動きやすさに感謝しつつ、その子の後を追いかけていった。



 ダンスパーティーが始まり、人々が思い思いの相手と手を取り足を取り踊り始めた頃、マグワートはリザンテラと話していた。


「……綺麗だな」

「だねー」


 彼女は椅子に座って、パタパタと足を動かしている。たまに空気が読めない――例えば、二時間ぐらい前にどう見ても()()()()雰囲気だったエノとコムギのところに突っ込んで行ったり――のはいただけないが、普段の彼女は以前に比べるとずいぶんおとなしくなった、落ち着いたものだと、そんな彼女の姿を見て思う。


「あのさ、マグワート」

「うん?」

「――いつもありがとね、助けてくれて」


 彼女の中でのいつも、の範囲がどれぐらいなのかわからないが、リザンテラはたまにそんなことを言う。その度に、マグワートはたいてい「お互い様だろ」と返すのだ。


「覚えてる? 二年前のこと」

「あんなの何十年経っても忘れられねーよ。できれば思い出したくないしな」


 マグワートは勘弁してくれ、とでも言うようにひらひらと手を振る。


 二年前、王都で史上最悪と呼ばれるほどの魔獣騒動があった。そこでリザンテラは重傷を負い、生命の危機に瀕したのだった。


 それ以降負け知らずの彼女がそんなことになるぐらいの災厄であったから、マグワートにとってはかなりのトラウマなのだが――その治療にマグワート自身も捨て身で助力したことが、二人の馴れ初めと言って概ね間違いないのだから、非常に頭の痛い話であるわけで。


「えー? 私は何度でも思い出したいけどなー、マグワート本当にかっこよかったから」

「いいって」


 照れ隠しでテーブルに肘をつき、踊る人たちをつまらなそうに見ていると、リザンテラはふらっと立ち上がって顔を近づけたかと思うと――右頬に柔らかい感触が、ひとつ。


「は……」

「うそ、いつもかっこいいよ。だいすき」


 ふふっと無邪気に笑って、それからまた右頬に二回。その度に跳ねている彼女の髪が耳に、頬に、チクチクと刺さる。

 マグワートは()()()箇所を押さえて顔を離し、焦りながら椅子から音を立てて立ち上がる。何度やられても慣れないそれにいちいちドギマギせざるを得ないことが悔しい。


「照れてる? かわいいなぁマグワートは」

「お前な……」

「……ねぇ、マグワート」


 そこでリザンテラはくしゃっと笑って、そっと手を差し出す。


「――私たちも踊ろっ」


 月光に照らされるその髪はライトグリーンに輝いているけれども、彼女の姿はとても幻想的で、一輪の花のようにマグワートの瞳には映った。

 はぁ、とマグワートはため息をつくが、不満ではなく、「しょうがないな」という照れ隠しでしかなかった。


「俺、ちゃんとした踊りとかわかんないんだけど」

「えーっ。でも大丈夫、私が抱えて踊ってあげるから」

「流石に恥ずかしいから遠慮しとく。……てかリザンテラも踊れないだろ」

「てへへーっ」


 そんなやりとりをしながら、彼女に手を引かれて広場のほうへ歩いていく。


 小さな彼女の後ろ姿を見て、そういえばこういうときいつも彼女が引っ張ってくれているな、とふと思う。


 リザンテラは毎日――冗談じゃなく、毎日毎朝毎昼毎晩好き好き伝えてくれるのだが、マグワートのほうはもともと感情表現自体が苦手なのも相まって、なかなか自分から伝えることはできていない。


 だからこういう機会だし、と本当はダンスだって自分から誘いたかったのだが、その役をいつのまにか取られてしまった。そう思うと途端に悔しくなってきて、()()したくなってくる。


「……リザンテラ」

「んー?」


 彼女の名を呼ぶと、手を繋いだまま立ち止まって振り返る。


 だから、もう一方の手で彼女の背中を抱き寄せて――()に、キスをした。


 口をつけて、すぐに離すような、未熟で無作法なくちづけ。


「…………」


 だけどもそれは――いつも元気に、うるさいぐらい叫んでいる、静かさとは無縁の彼女を黙らせる程度の効き目はあったみたいで。


「――ほらどうした、踊りにいくんだろ」


 固まった彼女の手を引いて、自分も恥ずかしさを隠すようにずんずん歩き始める。


 ――形勢逆転だ。



 ゆったりとした音楽に合わせてダンスに熱中する人たちの横を申し訳なさそうにくぐり抜けてきたグレフは、広場の端の椅子に座っていたマスカを見つけると、隣にどかっと腰掛ける。


「ういー、お疲れさん」

「あんたは全然疲れてなさそうだけどね」

「あーひどいひどい、俺結構重労働してきたんだけど?」

「知ってるよ。お疲れ様」


 二人は笑い合うが、さすがに祭りの忙しさは何度経験しても厳しいところがあって、お互い疲れた顔を見て力無く笑った。


「……コムギ、うまくやれてるかなぁ」


 マスカがため息混じりにそう呟く。


「今どうなってんの?」

「なんか、エノさんをダンスに誘いそびれちゃったとかで落ち込んでたんだよね。だから二人きりになれるように、ノイバとかにもお願いしておいたんだけど……」

「あれ? でもさっきエノさん街の人たちに食事付き合わされてたぞ」

「はぁっ!? 嘘でしょ、何やってんのあの人……」


 みるみる不機嫌になるマスカに、余計なこと言ったかもと若干後悔しつつ苦笑する。彼女はいつもコムギのことを気にかけているが、エノ絡みになると本当にそれが顕著である。


「まあまあまあ」

「……私って、お節介なのかな……」

「うん、結構」

「うっざ!」


 いつもの軽口の叩き合いだから、別に気にしているとは思えないが、グレフは一応フォローを入れておくことにした。


「やれることはやったんでしょ? じゃあ後は、コムギを信じるだけでもいいんじゃないか。俺はエノさんのことだって信じてるしさ」

「……そう、だよね。うん、ありがと」


 珍しくなよなよしている彼女に驚きつつ、グレフは励ましのつもりで――しかし、本気で思っていることを伝える。


「まあマスカがコムギのことで手焼いてるの、俺は良いと思うよ。俺らのこと知らない人が見たらそりゃ過保護って思われるかもしんねーけど……マスカがコムギのこと、っつーかそもそも他人に対して全般的に面倒見いいとことか、俺すげー好きだよ」


 勢い余って好意まで滑らせてしまって、言った後に一人で勝手に顔を熱くしていたのだが、その部分はマスカは「はいはい、ありがとありがと」といつもの軽口だと思って流してしまった。


 助かったは助かったし、マスカも笑顔になってくれてよかったのだが、どうにも釈然としない。


「――いや、結構本気で」


 ロマンチックな音楽に、祭りという非日常的な雰囲気に、酔っていたのかもしれない。


 グレフは気がつけばそんなことを口走っていた。幸か不幸か、走り始めた以上は、簡単には止まれなかった。


「――そういうところ、すげー好きなん、だけど……」


 ――ようやく減速できた頃には全部言ってしまっていて。


 言ったグレフも、言われたマスカも、その瞬間から同じ表情のまま、見つめ合うまま。


 マスカは本当に理解できていない、というか急に知らない人に話しかけられたような顔で、停止していた。なんだその表情は、どういう感情の表れなんだ? とグレフが深読みして、だらだらと汗をかき始めていると、長い沈黙の末に。


「…………へっ?」


 なんとも気の抜けた、ふにゃふにゃした間抜けな声。それからグレフと同じように、顔を熱くして汗をかき始めて。


 二人は硬直したまま。グレフは心の中で叫ぶ。


 ――どうしよう、こっから。

 え? どうすればいいの?



 隊務の合間、ユリグルは広場の中央で舞踏会を見ながら、隊長ノイバと二人で休憩を取っていた。

 ノイバは椅子の背もたれに腕を後ろ向きに伸ばして座り、ユリグルは隣の木に寄りかかって腕を組む。


 踊る人たちの中、とりわけ知り合いの姿は嫌でも目に入る。同隊のリザンテラの滅茶苦茶な動きに振り回されるマグワート。それから、コムギの幼馴染だという二人の男女は、ぎこちない動きで探り探り踊っている姿がなんともいじらしい。


 しかしノイバはそれを見て嘆くように夜空を見上げる。


「若ぇ〜」

「そう変わらないだろう」

「まあな」


 二人は日頃の憂いを吹き飛ばすように、ハッと大きく、短く笑った。


「ユリグルはこの一ヶ月、ちゃんと休めたか?」

「まあおかげさまでのんびり過ごせたよ。……ノイバは随分楽しそうにしていたみたいでなによりだよ。今日もね」

「まったく耳と頭が痛い話だ」


 また赤ら顔で彼はそう言った。ユリグルはこういうくだらない談笑の時間が嫌いではなかった。


 魔獣狩りや、時に人間と激しく戦わなければならないような仕事を忘れ、王都からはずれた穏やかな街でのびのびと過ごすのは、もちろんユリグル自身にとっても良い休暇になったが、同時に隊長であるノイバが本当に楽しそうに過ごしていたことを嬉しく思っていた。


 少しばかり酒を飲みすぎなのはいただけないが、王都での激務を思えばこのぐらいハメを外したって構わないとさえ思える。ユリグル自身がそうすることがなかったのは、彼が珍しくはしゃぐ姿を見て満足していたからなのかもしれない。


 彼は思い切り伸びをして、あくびをして、息をつく。


「王都に戻ったら早速忙しくなるだろうなぁ」

「からだは鈍ってないか?」

「鍛錬は怠ってないさ」


 彼はいくら泥酔して帰ってきても、魔法の練習だけは欠かさなかった。光魔法の名家に生まれた身として染みついてきたものは、無意識にでも反復してしまうのだろう。


 いくら醜態を晒しても、そういう堅実な努力を継続できる人間として、ユリグルは彼のことを尊敬していた。酔っ払って魔法で家を破壊するのは、二度と勘弁してほしいけれども。


「ときに――お見合いのほうはなんとかなりそうなのか?」

「あー……まあ、概ね変わりなく。順調だ」


 なぜだかノイバはこの話をあまりユリグルにしたがらない。結婚ともなれば彼の人生にとって大きな出来事のはずなのだが、最初に伝えられて以降彼が自分から話したことがない。


 別にユリグルは彼を薄情な奴だと思ってはいないが、その点エノや他隊の騎士にはヘラヘラと話しているようで、思うところがないわけでもない。


「由緒正しきティフローラ家のエリートは大変だな」

「……おちおち恋愛も満足にできないからな」


 半分嫌味のつもりで言ったのだが、彼の返答は意外にも私的感情に溢れたものであった。こいつ恋愛に興味あったのか、と内心驚きつつ、ユリグルは一度咳をしてから問いかける。


「自由恋愛に憧れがあるのか? 意外だな」

「……まあな」


 酒のせいなのか今日の彼はやけに素直で子供っぽく、そのくせ風にたなびかれる長髪からのぞく彼の横顔はひどく大人っぽさを感じさせる。


「……」


 二人の間を涼しくて寂しい風が吹き抜ける。喧騒の中の沈黙は、心地よさと切なさが半分ずつぐらい。やがてユリグルのほうから、声をかける。


「私たちも踊っておくか?」


 冗談のつもりだった。言おうと思った段階では、確かに軽口の範疇に収まっていた。だけど、軽い調子で言葉にしてみてから、ユリグルはそこにほんのわずか()()を込めてしまっていたことに気がついた。――彼に期待することなんて、なにもなかったはずなのに。


「ありがたいお誘いだが――やめとくよ。こういうのは、ちゃんとした相手にとっておけ」


 だから、やんわりと断られてちゃんとがっかりしている自分に気づかざるを得なくなってしまった。そしてなるべくそれを悟られないように、笑い飛ばしながら「……そうか」とつぶやいた。


「次もみんなで来れるといいな」

「そうだな。……もし、次の祭りの時までに見合い相手にこっぴどく振られたりしてたら……その時は踊ってやろうじゃないか」

「ははっ。……ねーよ」


 無邪気に笑っているように見えて、ノイバの顔はどこか物悲しげに見えた。


 ――もうちょっとだけ彼が酔っ払っていたら、なにか変わっていただろうか。


 なにか、わずかでも、こぼしてくれていただろうか。

 そこにはお互い言葉にしてはいけない想いがあるはずだった。そして悲しいことに、二人とも分別がついてしまう大人だった。


 ――だから、この気持ちはしっかりしまって、墓場にでも飾りつけてやる。



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