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16話 マグワートは苦労人な治癒術師



 パンの置かれていないパン屋、というのは実に物悲しいもので、染みついた麦の匂いがそれをいっそう強く感じさせる。


「はぁーっ……」


 臨時休業のため誰もいない店内で、コムギはひとりため息をつく。


 予定していた通り今日は定休日ではないにも関わらず、母の同意のもとコムギの判断で休業とした。


 コムギの体調はまだ優れなかったが、肉体労働が無いだけでずいぶんと気が軽く、冷静に行動できている。

 しかし寝て起きたからといって、課題はまだなにひとつ解決していない。コムギは厨房にのぞく壊れた魔法の窯を見て、またひとつため息をつく。


 そうしていても良い案は浮かばないが、しかし何もしていないとそれはそれで落ち着かないので、コムギは本日何度目かもわからない店内外の掃除を始める。


 しばらく床掃除をしていると、外から足音がふたつ近づいてくる。臨時休業の札は店に続く道の入り口と店のドアに置いたのだが、すでに何人かの客がドアの前までやってきては、残念そうな足音を鳴らして帰っていくのを、コムギは店の中から申し訳ないと思いつつ見送っていた。


 しかしどうも今回は様子が違うらしく、ドアの前でなにか言い合っている声がする。その声に聞き覚えがあったので、コムギは自らドアを開けて出ていく。


「――あっ! ほら、コムギちゃんいたよ!」

「いたよじゃなくてなぁ……」


 いつもこの子は元気だな、と思いつつ、ふわふわの緑髪を揺らして飛び跳ねる少女――リザンテラの姿を確認する。ついでにその隣でヘトヘトになっている治癒術師の少年、マグワートの姿も。


「マグワートさん、リザンテラさん、こんにちは」


 コムギが二人に挨拶をすると、彼はくたびれたまま、事情を説明し始める。


「すみません、臨時休業って書いてあったんで、止めたんですけど……」

「美味しいパンが食べたーい!」

「こうなっちゃって」


 なるほど、とコムギは苦笑する。


「店に行っても誰もいないよって言ったんですけど」

「コムギちゃんの匂いしたもん!」

「こうなっちゃって」


 そのやりとりに再度苦笑しつつ、コムギは自分の腕の内側あたりを嗅ぐ動作をする。察したのか、マグワートは補足する。


「あ、いや、リザンテラの鼻がいいだけっす。鼻っつーか、五感全部凄いんですけど」


 そういえば森に入った時もそうだったなぁと思い出し、コムギはリザンテラのほうを見る。


 腕を組んでエッヘン、と大威張りしている。あの時は一瞬獣のように機敏な動きを見せていたけど、こうしていると本当に可愛らしい子だな、と思ってコムギがニコニコしているといると、リザンテラは思い出したように口を開く。


「コムギちゃんってマグワートのこと知ってるのー?」

「あ、うん、昨日色々と助けてもらいまして……」


 その節はどうも、とコムギがぺこっとお辞儀をすると、マグワートも思い出したように口を開く。マグワートとリザンテラの二人は性格がまるで違うように見えて、こういう細かい所作が時々似ているかもしれない。


「そういえばお母さんその後どうですか?」

「おかげさまで順調に治ったみたいで、朝も割と元気だったんですけど、念のためもう一日休んでもらうことにしました」


 マグワートは「よかったです」と、笑顔とまではいかないが柔らかな表情でそう返した。それからコムギは、お腹を空かせているであろうリザンテラのためにドアを開ける。


「どうぞ」

「いやいや、休みの日なんで流石に悪いっす。コムギさんも……」


 リザンテラの代わりにマグワートが答えて提案を拒もうとする。彼は昨日コムギも体調が悪かったことを知っているから、その配慮もあってのことなのだろう。実に真面目な人だと思いながら、コムギは接客の笑顔で返す。


「いやいやいや、昨日のお礼だと思ってください」


 マグワートはまだ渋っていたが、その横でリザンテラが無邪気に店内に入っていくのを見て、諦めたように「……じゃあ」と足を踏み入れた。


 パンの置いていない店内の違和感がすごいのか、リザンテラはどこか落ち着かない様子でカウンター席に座る。

 その横の椅子を引いて、マグワートが隣に座る。それからコムギはカウンターのほうに歩いていきつつ、純粋に気になったことを質問する。


「今日は二人でお出かけですか?」


 すると、リザンテラは待ってましたと言わんばかりの勢いで叫ぶ。


「うん! デート!」

「デート?」


 コムギがそう聞き返すと、リザンテラは自信満々の笑顔を作る。


「うん! だってマグワートは私の――ゅもぎょっ!」


 すると隣で黙って聞いていたマグワートが、カウンターに乗り出しそうになっているリザンテラを引っ張りつつ、彼女の口元を左手で押さえた。


「余計なこと言うな」

「おえいあああいえお!」

「余計だ」


 リザンテラはもごもごと彼の手の中で話していた。


 昨日マグワートと話した時は、声も低いしテンションもあまり高くなかったのでてっきりかなりクールな子かと思っていた。

 だが、どうやらそれは思い違いだったらしいと、リザンテラの口を押さえ続ける彼の気恥ずかしそうな表情を見て悟った。なんとまあ、可愛らしいカップルだ。


 ところで、コムギにとって騎士隊のメンバー――マグワートは厳密には違うらしいが――と今話せる機会というのは非常にありがたかった。昨日は色々あってまだ解決していない問題も多いのだが、その中でもとびきりコムギの頭を悩ませていたのは、間違いなくエノとの仲違いの件であった。


 仲違い、と言っても一方的に気持ちをぶつけてしまったので自分がせいである、とコムギは考えているのだが。


 だからエノと近しい人間に話を聞けるというのはかなり助かる。昨日今日で直接エノに話すのはなかなかハードルが高い。かといっていつまでもこのままでいたら、きっとぎくしゃくしてしまう。それは避けたい。


 コムギはコップの水を持ってくると、二人の前に並べる。リザンテラが一秒で飲み干す。それからコムギは意を決してお願いをする。


「ちょっと――相談したいことがあるんですけど……」



「――なるほど」


 山盛りのパンをどんどん削っていくリザンテラの横で、マグワートは難しそうな顔でうなった。

 リザンテラのほうはどうだろう。話を聞いているのか聞いていないのかよくわからないが、時々ウンウンと独り言以上相槌未満のなにかは発している。


「エノさんって――お二人から見てどんな方ですか?」


 別に彼らにとっておきの仲直り法を思いついてほしいというわけでもないから、とりあえず簡単な質問をする。こちらは答えやすいようで、二人は一回顔を見合わせる。


「まあ一言で言うなら――『完璧』っすね。性格、能力ともに欠点がまるでない」

「かんぺきー!」

「そう、ですよね……」


 二人の言葉で改めて彼の振る舞いが()()であることを再認識させられて、コムギはどこか安心している自分を発見する。少なくとも自分だけが思い込んでいたわけではないのだと。


「俺はリザンテラとか他の二人ほど親しいわけじゃないっすけど、まあ関わることは多いんで……それでもあの人が()()()()()じゃないとこは見たことないです。いつも、いつも通りなんすよ」


 しかし、マグワートはこうも続ける。


「俺はそういうの、まあスゲーっては思うけど、――あんま良いとは思わないっすね」

「え……」

「ええっ! なんでー?」


 コムギが聞くより先に、口の周りに食べかすを、どうしたらこんなに付けれるんだというぐらい付けたリザンテラが驚きを代弁する。マグワートはコムギのほうに話し続ける。


「大前提、俺はあの人のこと普通に好きですけど、でも多分深い仲にはなれないだろうなって」

「というと……?」

「あの人って絶対弱みとか見せないじゃないですか」

「弱み?」

「はい。……例えば、なんすけど」


 マグワートは水を一口飲んで、ちらりと横目でリザンテラを見てから話し始める。


「俺もリザンテラも治癒魔術に適性があって、一緒に治癒術師やってた時期とかもあるんすけど……俺は重傷の治療とかリザンテラより下手だし、戦闘員じゃないから戦えない。感情表現もあんま得意じゃないんで怒ってる? ってよく聞かれるし。でも俺はリザンテラより魔力量は多いし、リザンテラより賢いです」

「なっ……!」

「あと口に物いれながら喋ったりもしません」


 リザンテラは心外な後半の文にお怒りのようだが、彼は右手を彼女の口元にかざし、食べかすを飛ばされるのを防ぎつつ続ける。


「まあつまり何が言いたいかっていうと、――弱いところダメなところ苦手なところ見せ合いたい、認め合いたいって思えるほうが良い関係築けると思うんすよね」


 ――その言葉に、コムギは昨日の自分を振り返ってみる。


 あの時、咄嗟に弱っていてイライラしている自分を見ないでほしい、エノに見られたくないと感じた。でももし、彼とこの先も関わっていきたいのなら、そういうところを見せないでやっていくのは、自分には無理だ。そしてそれを無理に隠そうとすれば、昨日みたいな結末が待っている、というのが、マグワートの言っていることの究極化なのだろう。


 コムギがひとり納得していると、マグワートは右を親指で一度さして、話を続けた。


「リザンテラは基本わがままだし、食いしん坊だし、すぐ物壊すし、ダメなところ挙げたらキリないけど――そういうダメなとこが可愛いし、俺は好きなんで」


 マグワートは、思いのほか一切照れずにそう言い切ってみせた。哲学を聞いていたはずが、コムギはなんだか聞いているこっちが恥ずかしくなるような惚気を聞いたような気がしてくる。


 そしてコムギはてっきり、リザンテラがそれこそいつもみたいに自信満々でエッヘンと腰に手を当てているものだと予想していたのだが――彼女はマグワートの隣でぷしゅーという音が聞こえそうなぐらい暑そうにしながら、しぼんだ風船のように小さくなって恥ずかしがっていた。


(意外だ……!)


 普段彼女がマグワートを振り回しているのは想像に難くないのだが、時折こうして大きな反撃をくらわせているのではないか、と空想してみると微笑ましくなる。


 同時に、リザンテラの幼い可愛らしさに――性格は正反対と言ってもいいかもしれないが――コムギは妹のアズキを重ねていた。



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