表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

11話 決めるのは本人の勇気



 さて、裏でそんな会話が行われていたことなど知らないコムギはピクニックの当日、いつもの作業着とは一味違った、紫がかったベージュと白のワンピースに身を包み、マスカとともにエノたちに合流する。


 コムギの服は、朝マスカがじっくり時間をかけて見繕ったものであった。パン工房でほとんどの時間を過ごす都合上、彼女は私服らしい私服をほとんど持っていないものだから、マスカの私物を貸し与えたのだ。


「ほら、アピールアピール」

「うーん……」


 エノたちに近づく途中、マスカは肘でコムギをつついてそう囁く。彼女の新鮮なおでかけ姿なら、いくらあの()()()()でもころっとやっつけられるはずだ、と思っての提案だった。


 しかし、マスカの予想は大きく外れ、コムギがアピール――彼女自身がどうやってそれを実行するのか気になるところではあったが――をする前に、エノのほうから声をかけてきた。マスカはその内容に自分が含まれてしまう前にサッと退散して、ノイバの後ろに移動する。


「おはようございます」

「おはようございますっ」

「素敵なお洋服ですね。とてもよくお似合いですよ」


 多少は見とれてもいいはずなのに、エノは動じずに丁寧で完璧な褒め言葉を返す。いや、もしかすると彼なりに見とれてはいて、しかしまじまじと見つめすぎるのが彼の中での騎士道精神に反するのかもしれない。と、返り討ちにあってまごまごしているコムギを見ながらマスカは悔しさをにじませる。


 ちなみにエノのほうの服装はいつもと変わらなかった。ノイバはともかく、ネコビトの特徴をこれでもかというほど体現している彼の存在はこの街ではいやでも目立つから、多少の変装でどうこうなるものでもないだろう。

 ただ、騎士隊のマントは外しており、そうするとサイズのあったワイシャツによってすらりとした彼の細身が強調され、ついでに尻尾の動きもよく見えるようになっている。


 誰が言い出すこともなく、四人は目的の山のほうへ歩き出す。山といっても以前山賊が出た、隣町との間にあるのとは反対方向の、木もまばらで穏やかな場所だ。丘と言ったほうが近いかもしれない。


 踏みならされた道なりに進むと、自然と前にコムギとエノ、後ろにマスカとノイバという形になる。


 道中、見えにくい段差のある場所で、エノがコムギに手を差し伸べた。コムギは照れくさそうにその手を取り、一歩進む。それを後ろから見ていたマスカは思わず歩く速度を緩めて前の二人から距離を置き、ノイバに話しかける。


「エノさんって普段からあんな感じなんですか?」

「まあ、割と誰にでもあんな感じだよあいつは」

「うぇ〜」


 マスカは普段よく話す人物としてグレフを思い浮かべる。彼は非常におちゃらけた話し方で、いつも調子のいいことばかり言っている気がする。


 同い年ながらエノの紳士っぷりに感心するとともに、あれはあれで思わせぶりということにならないだろうか、と心配もする。



 そんな調子で一行は進んでいくと、やがて海の見える花畑に出た。赤青黄じつにさまざまな色が咲き乱れて壮観である。


 四人はそこで昼食――もちろん、コムギが持参した洒落た見た目のパン――を取りつつ、互いの好みや街のことなど、たわいもない話を繰り返した。


 一人だけ年長者のノイバがややその空気感に置いていかれかけそうになったあたりで、マスカは彼を連れ出して二人と距離をとった。会話の流れも口実もごく自然に、エノとコムギを二人だけにすることに成功したマスカは、花畑の端にあった切り株に腰かけて双眼鏡で遠くの二人の様子をチェックする。その徹底ぶりにノイバは笑いながら声をかける。


「そんなに心配か?」

「心配……どうですかね、私はコムギの応援してるだけのつもりなんですけど、そう見えますか。てか、実際エノさんのほうはどうなんですか?」


 距離が微妙に縮まっていなそうな二人を、双眼鏡で覗いてはうーんうーんと唸っていたマスカは、覗いたままでノイバに聞き返す。彼はおそらくエノの一番の――少なくともこの街に来ている人間の中では――友人であるはずだから、エノ側の気持ちも知っているかもしれない。


「……さあな」


 はぐらかすように、薄ら笑ったトーンで返すノイバに、マスカは双眼鏡を目元から外して彼のほうを見る。


「あ、こういうのは意外とはぐらかすんですね」

「騎士たるもの、誠実に、な」


 マスカはふーん、とつまらなそうに話を続ける。


「でも最初にエノさんのこと焚きつけたのあなたなんですよね」

「ま厳密に言うと()()に動いたのは俺じゃないよ。それに実際あいつがコムギのこと好きかどうか直接聞いたわけじゃあないからな」


 なにやら途中引っかかるようなことを言っていたが、ひとまず発言の後半の部分を追及する。


「へぇ、意外ですね。エノさんとあんまり仲良くないんですか?」

「いいや、もう十年以上の付き合いだ。何度も死線を潜り抜けてきたんだ、信頼は互いに大きい。……ただ、まあ、あれだな、単にあいつは自分のこと、あんまり話さないんだよ。俺やユリグルにぐらい話してくれてもいいとは思うんだが」


 なるほど、単にエノはガードが固いだけでなくあまり自己開示もしないタイプということか、とマスカはなんとなく納得する。となるとコムギにとってはますます難儀な恋になりそうだ。


「ちなみにあなたはあの二人を応援している、ということでいいんですよね?」

「――どっちかといえば、だな」

「……というと?」

「エノは王都の騎士で、コムギはこの街のお嬢さんだからな。本人たちの望みよりも積極的な行動は、しにくいだろ」


 マスカは目を丸くする。彼女が知っているノイバといえば、酒場で朝まで騒いでは爆睡しているどうしようもない人間であった。だから今こうして一人の理性ある常識人、いくばくか年上の大人、隊をまとめる隊長、友人のことを真剣に考える人間、などの面での思慮深さを見せつけられた気がして、悔しくなる。


 それでもマスカは、仮に迷惑になるかもしれないリスクを孕んでいても、その恋の行方が不安定なものになるとしても、彼がエノを思うのと形は違えど同じように、コムギの初恋をなんとか実らせてあげたいと願っているのだ。

 それからノイバはふっと草地に腰を下ろし、空を見上げる。


「でも、友人代表として――やっぱ幸せになってほしいよ。それが恋かどうかは別としても、な」


 酔っ払っている時とは全然違う、清々しい顔でこの人は笑うのだなと思いつつ、マスカは双眼鏡をふたたび覗き込んで、その光景に口元を緩める。


「それに関しては同感です。――願わくば、この恋でありますように。って応援するしかないですね」


 レンズ越しに映る二人がまた、なにか話しているようだ。



「花に囲まれて海を見渡せるなんて、素敵な場所ですね」

「気に入ってくれたみたいでよかったです」


 花の甘い匂いと潮風の匂いが混ざって、独特の匂いがする。だけど多分、悪い匂いではなくて、コムギの隣で座るエノはどこか上機嫌に見える。この頃は彼の表情も少なからず読めるようになってきた……気がしている。


「鮭、いますかね」


 コムギがそう言うと、エノは「ふふ」と目を細めて笑う。冗談は冗談と通じて初めて冗談に成るものだから、彼と通じ合えている気がして少し嬉しい。


「あっあの雲エノさんに似てませんか? ほら、あれが耳で……」


 猫の顔の形をした雲に指をさしながら、さりげなく彼に近づく。ごめんマスカこれが精一杯、と心の中で謝りつつ。


「なら、あれはコムギさんですね」

「ええ? 似てますかね」


 隣にゆったりと流れる台形に近い雲をエノが指さす。髪の形から、確かにそう見えなくもない。

 それから雲の形から連想した話題をいくつか話したり、時折向こうのほうにいる二人をチラッと見たりしつつ談笑は続いた。


「……センバ祭ももうすぐですね」


 しばらく経ち、エノはぽつりと呟いた。

 祭りが来るということは、祭りが終わるということ。祭りが終わるということは、エノは王都に戻るということ。


 もっと一緒にいたい。


 ただそれだけ、彼が同じ気持ちでいてくれたらいいなと思いながら、しんみりする空気を吹き飛ばすようにあえて気丈に振る舞う。


「そういえばエノさん、祭りでどんなことするかご存知ですか?」

「……言われてみれば、あまり詳しいことは知らないですね」


 コムギはこほん、とセンバの街を代表するかのような心意気で説明する。


「センバ祭は、豊かで美しい水への祝福になる祭りなんです。ですから当日は水路や噴水、もちろん海も見ながら皆で食べたり飲んだりするんです。うちのお店はそこで配る食べ物の用意を任されてるので、結構重要なんですよ」

「なるほど、クラゲの名や見た目の青も、祭りのコンセプトに合っているわけですね」

「そうなんですよ。……あ、その節はどうもありがとうございました。今のところクラゲソウなどの仕入れも滞りなく進んでるので、上手くいきそうです」


 特に、今年は気合を入れて祭りに参加する。なにせ彼と一緒に作り上げたクラゲパンは、味や見た目以上にコムギにとってはその経緯が大事だった。彼との思い出が詰まった大切な商品だ。その幸せを街の皆にも共有できればいいな、と意気込んでいる。


「そして……夜にはライトアップされた街の中央で舞踏会があるんです」

「舞踏会?」

「はい。って言っても、一日中騒がしいので、夜は逆に、流れる音楽に合わせて静かに踊るんです」


 エノはとても興味深そうにその話を聞いていた。コムギは地元に興味を持ってもらえるのが純粋に嬉しくて、少し饒舌になる。


「そこで大切な人と踊れば、その絆は神聖な海に誓って長続きする、とされているんです。だから外から多くの人が訪れてくれるんですよ」

「大切な人、ですか」

「はい。家族とか友人とか。……あと、恋人……とか」


 言っているうち、別になにもやましいことなどないのになぜか気恥ずかしくなってしまうのは、多分一瞬すごい妄想をしてしまったからだろう。


 ――祭りで、エノさんと踊れたらなぁ。


 もちろんそんなことを言い出せるわけはなかった。もしこれを今ここで言うために前日から何度も予行練習をしていれば、結果は違ったかもしれないが、思いつきで、本当にこの瞬間に浮かんでしまったものを即座に声に出すほどの勇気はなかった。

 それはなんだか気まずい沈黙となって表象してしまいそうな気がしたから、コムギは慌てて続ける。


「え、っと……騎士隊の皆さんは、当日参加されるんですか?」


 違う。騎士隊の皆さん、じゃない。本当はエノの予定を聞きたいだけなのに、話の流れからダンスの誘いみたいに誤解されるかもしれなかったから。心の底では、誤解されてしまえばいいと思っているくせに。

 しかし捨てきれない願いは、呆気なく打ち砕かれることとなる。


「……そういえば、夜はそれなりにちゃんとした見回りの業務をあてられていました。今内容を聞いた限りでは日中のほうが危なそうですが、夜は夜で危険なのでしょうね」

「そう、ですか……」


 確かに祭りの後のほうがトラブルは起きやすいイメージがあるから、必然なのだろう。コムギはしっかり形にすらしなかったその願いが、ぽろぽろと順当に崩れていくのを感じた。

 わずかの沈黙を、さわやかで涼しい潮風が吹き流す。


「あのっ!」


 ――コムギの中に生じた微かな変化。


 僅かな勇気。マスカに散々背中を押されて、これだけ気を遣ってもらってて、こんな素敵な場所でエノと休日を過ごせて、まだ自分から動かないつもりか。内気だ奥手だと言われても、その通りだからどうすることもできないと勝手に諦めて、それでいいのか。――彼といられるのは、あとたった一週間ちょっとしか無いのに。


 夜、エノに予定があるのは仕方がない。だけどそれで諦めたら今までと何ら変わらない。

 結局都合のいい言い訳がそこに落ちてるから、拾うだけ。それを繰り返していて、先に進めるわけなんかないのだから。少しでいい。少しだけでいいから――もう一歩、進んでみよう。


「――祭りの日の日中、二人で街を回りませんか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ