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転生爺のいんちき帝王学 〜日の目を見ずに生きてきた最強爺、隠居間際で弱小王女に拾われる〜  作者: 嶋野夕陽


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変遷と希望

 グレイの極めて渋い表情を見て、ヒストルはこの話がグレイにとってあまり気分のいいものではないと気が付いた。

 いくらクルムが主導で動いているとはいえ、ヒストルの知っているグレイという人物は、何をしでかすかわからない危険人物だ。ある程度覚悟を決めてきたとはいえ、命知らずというわけではない。

 アルムガルド家全体が、当時のことについてどこまで計画をして、連携していたのかはわからない。しかし、結果としてはグレイは実の父と兄を殺したのだ。

 自分の知っている過去がどこまで真実であるかもわからない以上、繊細な部分はできるだけ触れないほうが良いと判断した。


「……この話の重要なところは、王国の戦力が著しく低下したということです。それによって、オブラ侯爵家が王家を支えるために払う負担よりも、各家が被害から立ち直る負担の方が大きくなりました。その結果、次代の王位継承争いでもオブラ侯爵家が後援していた陛下が勝利。王宮内の勢力の均衡は再び崩れました」


 ブラックがどれだけ暗躍したのか。

 グレイがどれだけの達人を屠ってみせたのか。

 それらを省いたうえでヒストルは話を続ける。


「優秀な者や、代用しがたい文官は王宮に残されました。他にもお目こぼしされた者たちがちらほらと。しかし、肩身が狭くなった貴族家も多くあります。これまで一族のほとんどを役人に送り込んでいたにもかかわらず、今では当主含め、たった数名しか王宮に残っていない家もあります」


 ある程度教養があれば代用が効くような人物は、次々とオブラ侯爵家の関係者に入れ替えられているということなのだろう。

 だからこそ、旧貴族派閥の者たちはヒストルが手を貸さないのにもかかわらず、危機感をもってケルンを応援していたのだろう。これを逆に考えれば、ただ仕事が欲しいだけの貴族たちは、オブラ侯爵家からニンジンをぶら下げられれば平気で裏切るということでもある。


「今回の王位継承争いで、もしオブラ侯爵家が後援しているヘグニ王子が王位を継承することになった場合、この国の要職のほぼ全てが、オブラ侯爵家の関係者に牛耳られることになるでしょう。稀に極めて優秀な人材……、例えばジグ殿のような存在が、そこに食い込む可能性はありますが、そういった人材に未来を左右する権利は与えられないはずです。外でこのような話はできませんが、そうなればこの国はもはや、ハルシ王ではなく、オブラ侯爵家によって統治される国となることでしょう」


 ヒストルは感情を込めず淡々と話し続ける。

 それが確定した未来のように、どこか遠くを見据えながら。


「残念ながら、我がドクト侯爵家の跡取りは、この苦境に大臣の職に就き、全てをひっくり返すような英雄的な人材ではありません。そもそも私からして、凡庸な男です。ドクト侯爵家の威光と積み重ねてきた経験と知識をもって、確実に、堅実に、忠実に、国の懐を守ってきただけのつまらぬ男です。ケルン王子にだけ、責任を被せて戦いの矢面に立たせるのは酷というものでしょう。無礼を承知で申し上げるのならば、ケルン王子もまた、殻を破ることができない、ドクト侯爵家の血を引いていたということです。少なくとも私はそう思っておりました。このまま、ドクト侯爵家は衰退し、この国もゆっくりと変わっていくのだろうと」


 ヒストルの言葉には変わらず強い感情の変化を感じなかったが、内容を聞いている限り、随分と自分の力のなさを責めているようだった。かじ取りの難しい数十年間を当主として過ごしてきたヒストルには、ヒストルなりの悩みがあるのだろう。

 ヒストルはしばらくの間どこか遠いところを見るようにして話を続けていたが、言葉が終盤になるにつれ、その焦点が戻ってきてクルムに合わせられる。


「しかし、ケルン王子は今更になって殻を破りました。……いえ、クルム王女殿下の派閥にいる誰かが、ケルン王子の殻を外から強く叩いてひびを入れたのです。最後には自力で外に出てきたのかもしれませんが、一人では決して破れない殻であったはずです。それができるとするのならば誰なのか。私はそれを考えつつ、今日の話し合いに臨みました。もしや、グレイ殿こそ、その人物であったのではないか、と。これが私が先ほど、グレイ殿と殿下の関係を疑った理由です。……大変無礼なことを申し上げたと、改めて謝罪いたします、申し訳ございませんでした」


 年配であり、実績のある大臣であるヒストルに深く頭を下げられると、クルムも居心地が悪い。

 それに、ヒストルはまた一つ、勘違いをしている。


「謝罪はもう結構です、受け入れました。ただ訂正をさせてください。確かに、ケルンお兄様が変わるきっかけの一つに、私との関係があったことは認めます。ただ、決定的な気づきを与えたのは、おそらく私ではなく、〈要塞軍〉のラウンド大将です。ご本人は自覚がないかもしれませんが」

「そうでしたか。それだから、ケルン王子は近頃〈要塞軍〉に通い詰めているのですね」

「ええ。だからもしケルンお兄様の変化を喜ばしく感じているのであれば、ラウンド殿とお話しされることをお勧めいたします」


 あまり話が合わなそうだと思いつつ、クルムは二人の関係を繋げてみることにする。

 ラウンドは本能で行動しているように見えて相当な人たらしだ。

 特に男にはめっぽう好かれる。

 その理由はきっと、人の痛みを知っていること。

 そしてそれを乗り越えるための努力をし続けてきたことによるものだ。


「しかし、クルム王女殿下。ラウンド殿もまた、王女殿下がいなければ王都へきて、ケルン王子と接触することはなかったはずです。先ほど殿下が仰ったとおり、全てを巻き込んでいるのは、クルム王女殿下、あなた様なのでしょう」


 ヒストルはじっとクルムの目を見つめる。

 やはり落ち着いた冷静な口調であるが、今のヒストルの瞳には、クルムの熱が伝播したのか、小さな火が宿っているようであった。

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