計画は順調
時は少しばかり遡り、ケルンが帰った後の話。
クルムは要塞軍の面々を、あらかじめ準備しておいた屋敷に押し込んでから、改めてラウンドを自室に招いた。先ぶれなくやってきたので、ベッドの数が足りているかどうかは知らない。
明日以降改めて本人たちに準備をしてもらう予定だ。
もちろん資金はクルムの方で持つ。
そもそも公的な軍なのだから、専門の宿舎があったってばちは当たらないはずなのだが、いかんせん〈要塞軍〉の面々も、大将であるラウンドも王都へ顔を出さないのでそんなものは存在しない。
王都では〈要塞軍〉の存在感が薄く、軽視されがちなのも宿舎が存在しない理由の一つであった。
「まったく、着いて早々好き勝手やりおって」
「あれは許せん。……しかし王族も昔ほど偉そうではなくなったな」
「そうかもしれんな」
グレイとラウンドが無駄話をしながら王宮の廊下を歩く。
人がいないからいいけれど、目の前に王族が一人。
よくもまぁ、クルムの真後ろでそんな話をするものである。
「儂らが王宮にいた頃は、今よりずっと王位継承者候補が多かったじゃろ。今はその争いも終盤だから落ち着いているのではないか?」
「なぜ終盤だと落ち着くのだ?」
「威張り散らして偉そうに見せる必要がなくなるからじゃろ」
「なぜ威張り散らす必要がなくなる?」
「おおかた敵味方が確定して、虚勢を張る意味がなくなるからじゃ」
「なるほど、よくわからん」
「結局わからんなら最初から聞くな、鬱陶しい」
友人との会話であるためか、グレイも多弁であるが、最後は呆れて口を噤んだ。
ラウンドは体が大きいし喧嘩は得意な方だが、決して頭の回転が良い方ではない。
特にグレイにそそのかされて体を鍛えることに終始し始めてからは、それが加速している。
本能的に物事の判断はできているし、荒くれ者たちにとってはそれが分かりやすく刺さるが、細かな話になってくるとその辺りはリゾルデの仕事である。
クルムの部屋へ到着し、ラウンドが腰を下ろすと、質の良いはずの椅子の脚が少しばかり軋んだ。グレイが座っている時もやや窮屈そうに見えたが、ラウンドが座ると椅子の方が心配になってくる。
「少々お待ちください」
クルムは茶菓子をテーブルに置くと、手ずから茶の準備を始める。
ラウンドは黙って頷き、茶が出てくると一口すすって「うまい」と声を漏らした。
味もさることながら、王族であるクルムが、何を言うわけでもなく自分で動き、わざわざ茶を入れてくれたのだ。
それくらい礼を言うのは、ラウンドにとって当たり前のことである。
ラウンドは貴族も王族も好きではないが、礼儀のある相手に対して失礼なことをする男ではない。
グレイよりはだいぶひねくれておらず、素直なところがある。
「さて、肝心のお話の方ですが……、よろしいですか?」
「どの件だ。めぼしい住人を〈要塞軍〉に入れていいという話か?」
「それも含めてですね」
今回クルムは〈要塞軍〉を王都に招くにあたっていくつか話を通してある。
その一つが、今ラウンドが言った通り、めぼしい人物を〈要塞軍〉に勧誘してほしいという話だ。
相手がある程度の罪を犯した者だったとしても、ラウンドにはそれをいっぱしの兵士に育て上げるノウハウがある。それならばいっそ、そんな罪人たちが問題を起こす前に人手不足の〈要塞軍〉に押し付けてしまえ、と考えたのだ。
だからこそ指名手配犯の逮捕も遅らせていた部分があったのだが、先日の騒動のせいで逮捕せざるを得なくなってしまった。
折角なので捕まえた者たちも、後ほどラウンドに面通しさせるつもりだ。
お眼鏡にかなうものがいれば、預けてしまったっていい。
「材木についてはどうでしょう?」
「ああ、準備をしてきた。あちこちで必要のないものを安く買いたたいて運ばせてきているぞ。スリップと言ったか? あの商人はへなちょこではあるが、よく働くし口が回る」
貧民街の開発にあたって、裏側ではコッソリと、商人たちの熱い駆け引きも行われている。街の開発のために大量に準備した材木を高く売りたい商人と、それを安く買いたたきたいパクス。
どちらも相手の都合が分かっているから交渉は長引いているが、ここでパクスは自分の派閥商人であるスリップに、〈要塞軍〉の兵士を護衛のように使い、各地の材木を安く買えるだけ買ってくるように命じたのだ。質や量にこだわる必要はなく、余っているものを一定以下の値段で買えればそれでいい。
王都で買うことにさえこだわらなければ、値段はいくらでも抑えようがあるのだ。
商人たちは自分たちが材木を手放さなければ、工事の始まりが遅れて、場合によっては工期に間に合わなくなることすらあると考えている。そう、上の商会から言い含められているのだ。
だからこそ強気に材木を手放さずにいたが、実際に材木が届き始めて工事が始まってしまえば話は別だ。
このまま材木を抱えているだけで、手放すこともできずに工事が終わってしまうのではないかと焦り始めれば、上の商会からの命令を無視して、パクス商会に媚びを売って材木を手放す者が現れ始める。
そうなれば後は早い者勝ちだ。
我先にとドミノ倒しのように、商人たちは安い値段で質の良い材木を手放していくことになるだろう。
そうなったら改めて、大きな通りに面した、外から来る者たちのための建物を建て始めればいい。
必要な材木が揃えば、パクスは材木の買い上げをやめる。
こうなると貧乏くじを引くのは誰か、という話になってくるのだが、クルムが関与するのはここまで。
そこから先の話はパクスたち商人、商会の話である。
「ありがとうございます、本当に助かります」
計画は順調だ。
クルムはラウンドに向けて丁寧に頭を下げて礼を述べた。




