恥
「最後だ、どけ」
ラウンドがぎょろりぎょろりと左右の兵士を睨んだが、それでも二人はその場に立って動こうとしなかった。
彼らがまかされているのは王子の護衛だ。
まさか怖いから道を開けましたというわけにはいかない。
ラウンドは腕を組んでしばらく二人を睨んでいたが、少し考えてから頷いてにっかりと笑う。
「なかなか度胸のある奴らだ」
思いもよらず誉め言葉が飛んできて、これは大丈夫なのではと二人が安心しかけた瞬間、ラウンドがその気持ちの隙を突くように無造作に、そして素早く腕を前に出して、ケルンの胸倉を掴んで引き寄せた。
ケルンは思わず悲鳴のような声を上げそうになったが、辛うじて堪える。
涙もまだぎりぎり瞼にとどまっているのが、ケルンに残されたわずかなプライドであった。
「こ奴を借りるぞ。心配ならばお前らもついてこい」
ケルンを捕まえられてしまっても、護衛の兵士たちは何もできなかった。
ラウンドの動きをまともに認識すらできていなかったのだから、ここで戦い始めても一方的に蹂躙されるのは分かり切っていたし、何よりラウンドがケルンを正面に置いて盾のようにしている。
これは一応あとで言い訳ができるようにと、ラウンドなりの兵士に対する気遣いである。
逃げ出したりしていれば根性を叩き直しているところだが、役割を果たそうとしている者までむやみやたらと酷い目に遭わせるつもりはない。
それはそうと、訓練不足なので、もうちょっとちゃんと訓練をした方がいいとは思っているのだけれど。
「クルム王女、体を動かせる場はないか? そうさな、訓練場が理想だ」
「何をなさるおつもりですか? 流石に乱暴は……」
「なぁに、怪我させたりはせん」
二人はしばし見つめ合う。
ケルンはそんな二人を見守りながら、心の中では必死にクルムが何か良い形でこの話を収めてくれることを祈っていた。
表向きギリギリ体裁を保っているだけで、心はバキバキに折れている。
「……騎士団の訓練場の端なら」
「クルム!?」
思わずケルンが声を上げると、クルムが冷めた目でケルンをじろりと見る。
余計なことをしてくれたという思いはクルムの中にだってあるのだ。
「なんですか、お兄様」
その目を見たケルンは、そこでようやく、もはや自分がクルムの眼中にもないのだと理解した。
途端に反抗心が湧き上がる。
悔しい、なぜ、顔を真っ赤にして唇を結んだまま、先ほどクルムに何とかしてもらおうと考えていた自分を殺したいと思った。
ケルンだって馬鹿ではない。
これまで耳にしてきた噂を改めて精査して考え直せば、クルムがこの数カ月の間に力を蓄え続けており、それがいま結実していることなど分かっているのだ。
あり得ぬことと切り捨ててきた情報が本当だったと考えれば、今のクルムを取り巻く環境は簡単に説明がつく。
自分が貴族たちの言うがままに偉そうにしていた間に、クルムは幾度も幾度も自分の体と命を張って、心を削りながら何かを為してきたのかもしれないと、ここに来て初めて認める。
それでもなお、悔しいものは悔しかった。
そんな激情に頭の中を支配されたまま、ケルンは王宮の廊下を引きずられていく。
とんでもない光景だったが、クルムとグレイがいることで騎士たちは止めたりしない。
そのまま目的の訓練場までたどり着くと、ラウンドは騎士たちが集まっている辺りに真っすぐ向かっていく。
「すまんが訓練場の端を借りるぞ!」
その場を預かっていたのはハップス。
一応弟王子であるはずのケルンを引きずり、クルムを引き連れ、当たり前のように声をかけてきた見たことないほどに巨大で分厚い老人。
最近グレイとたくさん話をしたおかげで、いわゆる話があまり通じないタイプの老人であろうことを即座に察したハップスは、冷静で頼りになる妹と会話をすることにした。
「……クルム、どなただ」
「〈要塞軍〉大将のラウンド様です」
「なるほど、ケルンは?」
「〈要塞軍〉を侮るような発言をして、ラウンド様の怒りを買いました。傷つけたりはしないと、一応約束をしていただいています」
ハップスはケルンの顔を見て小さくため息をついた。
その態度にケルンは再び頭に血を上らせたが、そんなことハップスの知ったことではない。
「ハルシ王が第五子、ハップス=ハルシです。どうぞ、空いている場所を自由に使ってください。ただ、私も様子を見させていただいても?」
「おお、ハップス王子か。手紙で話は聞いているぞ。なかなか鍛えられた良い体をしておる」
ラウンドはからからと笑い、空いている方の手でハップスの肩をバシバシと叩く。
かなり強めでいい音が出ているし、当然多少の痛みはあるが、ハップスの体幹は揺らがなかったし、やめろとも言わなかった。
ラウンドのその行動からは悪意を感じず、むしろ好意的に思われているという感覚があったからだ。
「ありがとうございます。見学は?」
「もちろん構わん! いや、しかしグレイよ! 王子にもしっかりとしたものがいるのだな!」
「うむ、こ奴はまぁ中々筋の通った奴じゃ」
ハップスはグレイの実力をよく知っているし、目の前にいるラウンドという老人だって、明らかに自分を圧倒する実力を持っていると理解している。
だからこそその褒め言葉が面映ゆく、気付けば少し目を伏せて軽く頭を下げていた。
「よぅし、ではお前ら、今から俺と手合わせだ! この小僧に、俺たちがどれだけの実力を以て、どれだけの覚悟で生きておるか見せてやろう。手を抜いた者は……、分かっておるな?」
「おう!!」
「ようし、では小僧はその辺りで立って見ておれ」
ラウンドはケルンを護衛の兵士たちの方へ押しやると、気合いたっぷりで腕をぐるぐると回し始めるのであった。




