拳でしかあまり語らぬ男
クルムがいる側に貧民街の住民が控えているのと同様に、ラウンドがいる方にはそれなりの数の〈要塞軍〉の兵士たちが控えていた。
彼らは威圧するわけでもなく、ただ本当に姿勢正しく控えていただけだったが、揃いの装備に、鍛え上げられた筋肉。それに加え圧倒的に人相の悪い者が多い。
ブルトンが何か勘違いをして喧嘩を仕掛けてもおかしくない光景ではあった。
「何でラウンドがこんなところにおるんじゃ」
「……先生、さては本当に私とパクス様の話を聞いていませんね?」
「長ったらしいから関係のない部分は聞いとらん」
開き直ったグレイにかける言葉はない。
こんなところで会うとは思ってもみなかったし、想像していたよりも早い到着であったが、〈要塞軍〉へ援軍の要請をしたのはクルム自身だ。
「建設中の警備のために援軍要請しました。ラウンド様ご本人がいらっしゃるとは思っていませんでしたが」
「前線は忙しいのではないのか?」
「どうでしょう……、無理のない程度にとお伝えしたのですが……。その辺りのことも詳しくないので、直接お話をお伺いしたいところです」
そんな話をしている間にも、ラウンドとブルトンはその場に足を縫い付けての殴り合いを繰り返す。数発の拳の応酬の後、再び地面に転がされたのはブルトンの方であった。
流石に喧嘩自慢のブルトンも、ラウンドにはかなわないらしい。
「名を名乗らんかぁ!」
「糞爺が、俺はブルトンだあぁぁあ」
「おお、お前がブルトンかっ!」
立ち上がって再び突進したブルトンの顔面を、ラウンドの拳が見事に殴り抜く。
ゴロンゴロンと転がってブルトンは積みあがっていた資材にぶつかる。
崩れ落ちてきた木材の下敷きになったのを見て、クルムは流石にまずいのではないかと顔色を悪くしたが、ややあってから、ブルトンは当たり前のように資材を跳ねのけて立ち上がった。
流石に足元はふらついているようだが、大した耐久力である。
何度グレイに打ちのめされても立ち向かっていくだけのことはある。
「話はロブスから聞いているぞ! お前、〈要塞軍〉に入れ!!」
「ああ!? 誰なんだよてめぇは!」
「だから言っておるだろうが。儂はラウンドだ!」
「名前じゃねぇよ、てめぇが〈要塞軍〉の何だって聞いてんだ!」
「儂が〈要塞軍〉だ!」
「このわけわからねぇ糞爺が!」
ブルトンが地面を揺らすような地団太を踏んだところで、ようやくグレイから解放されたクルムが衣服を整えてからその間に入る。
「すみません、どういう経緯で殴り合いになったのか分かりませんが、こちらのラウンド様をお招きしたのは私です」
「あぁ!? どういうつもりだ、いきなり兵士なんか連れて入ってきやがってよぉ!」
「……それは私のあずかり知らぬところですが……」
本当に知ったことではない。
なぜ素直にパクスの下か、クルムの下へやって来なかったのかは、ラウンド本人しか知らないことだ。
「おお、クルム王女か。ますます良い顔になったではないか」
「ありがとうございます、ラウンド様。遠路はるばる来てくださったことにも感謝いたします」
「いやいや、手を貸すと決めたのだからこれくらい容易いことだ」
ラウンドはにっかりと笑って大笑する。
気持ちのいいすっきりとした性格の老人である。
すぐに拳は出るけれど。
「こちらはラウンド様。見ての通り〈要塞軍〉の大将をされております」
「大将だぁ……? てぇとなんだ、お貴族様ってことか。そんな奴が兵士を引き連れて何をしに来やがった」
それはクルムも知りたいところである。
「いやなに、王都の貧民街へ行くという話をしたらな、部下のロブスから耳よりの情報を聞いたのだ。西地区に是非〈要塞軍〉に招きたい、ブルトンと言う男がいると。なるほど、お主がそれと言うのなら納得だ」
「……あいつはまじでそんなよく分からねぇところで働いてやがるのか」
ロブスという名前が出て説明をされると、ブルトンが幾分か大人しくなる。
「あいつはどうだ、強いのかよ」
「うむ、俺の方が強い」
「んなこと聞いてねぇよ!」
「お主よりは強い」
ブルトンは額に青筋を浮かべ、拳を握りながらも、辛うじて会話を続ける理性を保ったようだった。
「偉くなったのか?」
「知らん」
「今は大隊長をされていて、男爵であると聞いています」
ブルトンが再びぶちぎれる前にクルムがフォローを入れておく。
いちいち暴れられては話が進まない。
「そりゃあ、偉いのかよ」
「〈要塞軍〉では、上から三番目だと聞いていますが……、どうなんでしょうか?」
「うむ、そうだが?」
「偉いじゃねぇかよ、この糞爺!」
「お、久しぶりに真正面から糞爺などと言われたな。もういっちょやるか」
「今度こそ叩きのめしてやる……!」
やる気満々で距離を詰める二人に挟まれているクルムが、精一杯両腕を伸ばして二人の距離を保つ。
「やめてください、話をさせてください」
「うーむ、折角面白い奴を見つけたのだがな」
「……王女様が言うなら仕方ねぇな……」
「ありがとうございます。ここは人が多すぎるので、場所を変えましょう」
小さな王女が大男二人に挟まれる姿は、傍から見れば酷くハラハラする光景であった。
その分きちんと仲裁に成功した瞬間には、聴衆たちから、思わず感嘆の声が漏れたのであった。




