悪いことはしていません(13歳王女)
次々と指名手配犯を捕縛し、それを騎士に押し付け、最後にやって来たのは東地区の貧民街であった。
この辺りは元々グレイが住んでいた地域であることもあって、凶悪犯の潜伏率が実は非常に低い。グレイと遭遇してしまった指名手配犯の大抵は、何らかのけちをつけられ、叩きのめされ地面の染みとなったり、ゾエに保護を求めていたりするからだ。
つまり今集まってストライキもどきをしている中にいる指名手配犯の数もそれほど多くない。
他の場所と同じ手順で、指名手配犯だけを蹂躙したグレイ。
一応他の場所と同じように、指名手配犯以外の民も確保。
ちょいと追いかければすぐに命乞いをしてくるので、捕まえること自体はそれほど難しくないのだ。
一応暫定的に罪のない貧民街の民を三人ほど地面に座らせたまま、グレイは指名手配犯たちを数珠つなぎにしていく。
それが終わって、さて尋問でもするかと立ち上がったところで、貧民街の奥から、数人の逃げ出した者たちを連れて、ゾエたちが姿を現した。
「何してんですか、グレイさん」
「何って……、悪い奴ら捕まえておるんじゃろうが」
「いやいや、俺たちには待てって言ったじゃないですか。……その辺に居ろ、逃げんじゃねぇぞ」
ゾエは呆れたようにグレイに抗議してから、連れてきた住人をポイっと前方に押し出して、脅しをかける。
「だから殺しておらんじゃろうが。お主こそ待てと言ったのにこんなところで何をしておるんじゃ」
「いや、火をつけられたらたまらねぇと思って、巡回してたんですよ。警邏っすよ、警邏」
「ほーう、そりゃ感心じゃな」
「そうでしょう? ……じゃねぇや、何してるんですかって聞いてんですけど、王女様」
グレイと話しても埒が明かないと判断したのか、ゾエはクルムの方に話を振った。
きわめて正しい判断である。
「無差別に殺すわけにはいかないので、悪さをしている奴らを捕まえました」
「いや、それなら最初から俺たちにも言ってくれりゃ手を貸しましたぜ?」
「もう少し穏便に裏を探るつもりでいたのですが……、途中でどうやら相手方も雑に妨害に出ているだけだと気づきまして。まぁ、聞いていてください」
クルムは捕まえられた哀れな貧民街の民に近付いて問いかける。
「あなたはなぜここに戻ってきて居座っていたのですか?」
「そ、それは……、その……」
男は言いづらそうに、ちらちらとゾエの方を窺った。
「何だよ、文句でもあるのか?」
ゾエがすごむと、男はますます小さくなって黙り込んでしまった。
「……これまで四天王との交流がなかったから、最終的には切り捨てられる、そう吹き込まれたのでしょう?」
男はゾエから目をそらしたまま小さく頷いた。
つまり、貧民街への連絡を基本的に四天王に任せていたばかりに、末端のそれらと関係を持っていなかった民が、自分たちは開発のおこぼれに与れないのではないかと不安になったのだ。
特に立ち退きが行われている辺りは、貧民街の中でも外縁部の方で、まだ貧民街に知り合いのいない者が多い。
また聞きの情報で一度は流されて立ち退いたものの、不安になるような噂を広められて戻ってきたのだ。
「馬鹿じゃねぇのか。そんなことしてむしろ殺されねぇとでも思ったのかよ?」
ゾエが呆れも通り越して無感情に吐き捨てる。
ゾエはグレイに対してはへりくだるし、使える者は精一杯利用するが、だからと言って貧民街の一角をまとめている以上、ただの甘い人間ではない。
邪魔な者を排除しながら自分の勢力を広げてきた男が、顔に泥を塗るような真似をした者を許すはずもなかった。
感情のこもらない冷たい言い方に、クルムの言葉にうなずいた男は震え上がった。
クルムは自業自得だと思いつつも、その男をフォローするために言葉を続ける。
「しかし、殺されないと思う理由もあったのですよね?」
「……お、王女様が、計画を進めているので、殺されるようなことはないって言われて……、す、すみません、命だけは……!」
「ごねていれば、何かを貰えると?」
クルムが男を見下ろして淡々と尋ねると、男はまた俯いて黙り込んだ。
「……舐められてんなぁ」
「はい、舐められていました。弁明の言葉もありません」
噂一つ流す程度でできる嫌がらせのような妨害に、いちいち本気で頭を悩ませている場合ではないのだ。
この嫌がらせの主は、おそらく計画を邪魔されたジグラ王子だろう。
「だからと言って、貧民街の再生を掲げる以上、確かにその住民を無差別に殺すわけにはいきません」
陰険なやり方をするものだと思いつつ、クルムはゾエに謝罪をしながら、心の中の反骨心のようなものを燃え上がらせていた。
細めていた目をカッと見開くと、瞳をめらめらと輝かせながらゾエに宣言する。
「よって、住民となりえない者は徹底的に排除させていただこうかと」
その瞬間話をしていた男は、息を飲んで尻で後ずさりしていく。
クルムはそれを追いかけながら語りを続ける。
「この事業は、貧民街を再生させ、そこに住まう民を再び王都に組み込み、共に繁栄させるために進めています。そのために、貧民街の民を取りこぼすことなく拾い上げていきたいと考えています。ここで述べる貧民街の民とは、王都の発展に貢献するつもりのある、国の民のことですが……」
後ずさりしていた男が何かにぶつかって動きを止め、後ろを振り返る。
するとそこには巌のような老人が立ちふさがっていた。
「ひっ」
慌てて地面に手をついて逃げ出そうとした正面には、もうクルムが迫ってきている。
貧民街でもめったに見ぬほどに目をぎらつかせたクルムは、男に顔を寄せつつその目に指を突き付けて尋ねる。
「あなたは、国の民ですか? それとも、あれらの仲間ですか?」
顎をしゃくって示されたのは、呻きながら縄で数珠つなぎにされている指名手配犯たちである。
追い詰められた男は、「ひっ、ひっ」と息を飲みながら悲鳴を上げ続けていたが、それは恐怖で返事ができていないだけだ。
「そりゃあ答えなんか決まってるよなぁ」
今度はゾエが笑いながら助け舟を出す。
「クルム王女殿下万歳、そうだろ?」
「ひっ、は、はひっ」
男が地面に額をこすりつけたところで、悪い顔をしたゾエが肩を震わせて「ははっ」と笑う。
「こりゃあ大した悪党にだってなれそうな王女様だぜ」
楽しくなったゾエが褒めたつもりでそう声を上げると、クルムがじろりとそちらを睨みつける。
「おっと、失礼いたしました」
貧民街の四天王に頭を下げさせたクルムの姿は、傍から見ればゾエの言う通り、少女ながらも立派な悪党に違いなかった。




