やっぱやっちゃう?
話に聞いたところによると、元の場所に戻った者は他の者たちの話などさっぱり聞かないのだそうだ。どちらかと言えば、これまでも貧民街の中枢にかかわって来ていないはぐれ者だ。
つまり、元々四天王との縁がほぼない状態で、無理やりに場所を明け渡すことを約束させられた者である。
それでも彼らも一度は立ち退きに賛成している。
四天王が怖かったからとか、条件に納得したからとか、色々と理由はあるのだが、約束を破っているのは事実だ。
このまま放置すれば四天王の威厳や統制能力にも影響が出て来るので、待ってくれと言った以上、クルムはこの問題を即座に解決をする必要がある。
「……とにかく現場へ行きます」
「ま、よかろう」
すでに薄暗くなり始めた貧民街を歩いても、最近は絡んでくる者はいなくなった。
クルムが貧民街を大きく変えようとしていることが知れ渡り始めているのだ。
普通に歩く程度ならば護衛もいらないほどであるが、それはそれとして、妙な輩や、敵対勢力者が入り込んできているので、グレイが離れるわけにはいかないのだが。
教育係よりも用心棒の役割を果たしている時の方が多いグレイである。
クルムは移動をしている間も、何が原因でこんなことが起こっているのか、そしてどう解消するのかということを考えて黙り込んでいた。
少し前までは、早い段階で考えをグレイに共有することが多かったのだが、最近ではぎりぎりになってから伝えても、大体何とかなると気づいたのか、ぎりぎりまで思考に時間を割いていることが多い。
相棒としての信頼関係が完全に出来上がりつつあった。
もし相手に手練れがいそうな場合には、逆にグレイの方から忠告して、何をどうするか聞けばいいだけの話だ。
だから、クルムが真面目に考えている間、グレイは黙ってそれを見守るようにしていた。本人が自力で解決できることは、自分でやらせて自信を持った方がいいに決まっている。
いざ現場に辿り着くと、確かに頭の上に布を張っただけの粗末な住居がいくつか目に付いた。現場で作業をしている者はもう帰った後で、閑散としていて、クルムたちが姿を現すとじろりと一斉に視線が集まる。
そしてそれはすぐにそらされた。
流石にここに集まっている者も、クルムたちのことを知っているようだ。
クルムはまず黙って辺りをうろつき、ここにいる人物たちの顔を確認する。
その中にはクルムが顔を見ていることに気付いてこそこそと逃げ出した者もいれば、頑としてその場から動かない者もいた。
ぐるりと一周したところで、クルムは少し離れてグレイに情報を共有する。
「……殺人を含む重犯罪者が数人」
「ほう……。どうせ自分たちは助かる余地がないから、邪魔してやろうという魂胆か」
「……それだけで捕まる危険を冒して、わざわざ目立つ場所へ出て来るとは思えません。何か他にもあるはずです」
「唆した者がいる、ということじゃな」
「はい」
こそこそと話す二人を気にして耳を澄ませる者もいるようだが、当然聞こえる音量では話していない。グレイは突然『わっ』と大声でも出してやろうかと思ったが、あまりに大人げないのでそれを却下。
代わりにクルムに提案をする。
「更生の余地のない犯罪者もおるんじゃろ? どれじゃ」
「……今暴力を振るうのは相手の思うつぼになる可能性があります」
「そりゃどういう事じゃ?」
「つまり……、結局は力で貧民街の住人を排除しただけではないか、と悪い噂を……。……いえ、ちょっと待ってください」
基本的には暴力という要素を排除して考えていたため、思いつかなかったが、グレイがいつものように暴力の影をちらつかせてくれたおかげで、クルムは別の案を思いつく。
クルムは勝手に、相手方に自分方の情報が筒抜けになっている前提で話を進めていた。だがよく考えると相手は、クルムがこれほど足しげく貧民街に通い、そして四天王と綿密に連携を取っているなど知る由もないのだ。
そもそも四天王の存在自体を知らない可能性だってある。
だからちょっとした妨害に、いちいちそこまで深く考える必要はないのだ。
「先生、やりましょう」
「何じゃ急に」
グレイは変な顔をしながらも、クルムから仕留めるべき犯罪者の位置と特徴を聞いていく。先ほど巡っている時に大体の住民の顔をある程度把握しているので、改めて確認すれば間違えることはまずないはずだ。
「では、できるだけ生け捕りで」
「生きてれば良いなら簡単じゃな」
グレイはクルムを引き連れて歩いていくと、元の場所へ戻ってきた重犯罪者の姿を見るや否や、逃げ出す前にその足を素早く踏み砕いた。
悲鳴が上がり、辺りがどよめく。
逃げ惑う貧民街の民の中から、的確に犯罪者の姿を目で追いかけて、グレイはそれらを仕留めに跳ね回る。
時には首筋に手刀を、時には側頭部に蹴りを、時には足をへし折り、時には腹に一撃入れて悶絶させる。人間と言うのは意外と首を引っこ抜いたり、内臓を決定的に損傷させたりしなければ死なないものである。
クルムはグレイが勝手に暴れまわっている間、できるだけ人の通らない場所を逃げ回りながら、いつでも魔法を撃てるように準備をしておく。
一人、クルムに襲い掛かってきた者がいたが、それに関してはグレイ直伝、破裂の魔法を鳩尾に炸裂させ、見事地面にのたうち回らせることに成功した。驚いたのは同じようにクルムを人質にしようと企んでいた輩だ。
クルムとてここから何発も魔法を撃てるわけではないので、一斉に襲い掛かれば捕まえることくらいはできたのだが、そんな危険を冒してまで襲い掛かる者は誰もいないようであった。
仮に成功したとしても、グレイによって酷い目に遭わされるのが決定するだけであるので、正しい判断であったと言えるだろう。
グレイが十数人を仕留めた頃には、辺りにはすっかり人けがなくなっていた。
グレイにやられた重犯罪者が呻いたり、地面を這いずり逃げようとしているばかりで、まるで心霊スポットさながらである。
「ちっ、逃げ足の速い臆病者どもめ……」
立ち向かってくる者がいなかったことに少々不完全燃焼のグレイが吐き捨てる。
今のグレイを見る者がいたとすれば、その多くが、『こいつはとんでもない悪人に違いない』と思うような立ち姿であった。




