それぞれの覚悟と動き
続けてユゥバ子爵家に立ち寄り、同じように状況を説明したところ、フルートはそれをかみ砕くのに随分と時間がかかっているようであった。
父であるオレット=ユゥバ子爵の執務室を使っているのはモーリス同様であったが、乱雑に机に積みあがった本や、半端なままに横に避けられた書類は、フルートがその部屋を使いこなせていないことを示していた。
すべての話を理解し、クルム陣営のために尽力するという言葉が出るまでは、モーリスのおよそ五倍は時間がかかっただろう。
やる気はあるのだ。
今までやってこなかった分を取り戻そうと、憔悴した顔で必死に頑張っていることも分かる。
ただ、心を入れ替えたからと言って、これまで努力してこなかった分を一足飛びにショートカットできるわけではない。
これまでだって真面目にやって来たモーリスですら、忙しく苦労しているのだ。
フルートがいくら身を粉にして頑張ろうと、最初からうまくいくはずなどなかった。
ただクルムはそれを見てもなお、フルートに「期待しています」と声をかけてから屋敷を辞した。
それに対してフルートは、苦しそうに表情をゆがめながらも、「ありがとうございます」と答えた。
「まったくもって、頼りなかったのう」
「これからに期待します」
「ま、伸びしろはあるじゃろうな」
当然、何も持っていないのだからという嫌味である。
とはいえ、マイナスからと言わなかっただけ言葉を選んだほうか。
「先生はモーリス殿に、フルート殿を気にするよう言ってましたね」
「どうせすぐに駄目になりそうじゃったからな。年が近いもの同士、手を取り合えば良かろう。ま、多少足かせがあった方が人間成長するというもんじゃ」
いよいよフルートのことを足かせ呼ばわりである。
グレイはつい先日、モーリスと共に外へ出かけたことがあった。
クルムはその時の話を聞いて、なんとなく悪い関係でないようだと見ていたが、どうやら想定していたよりも、グレイがモーリスのことを評価しているらしいと気が付いた。
先ほどの話を総括するならば、グレイは、モーリスならば、フルートを引っ張って行っても何とかするだろうという判断をしたのだ。
グレイは子供相手には結構優しいようだが、成人した者に対しては厳しい要求をする。そしてそれが信頼の証なのだろうと、クルムはなんとなく理解していた。
面倒くさい爺さんである。
「モーリス殿ならうまくやってくださるかもしれませんね」
「どうじゃろうな。ま、うまくいかなければその時はその時じゃ」
上手くいかないとクルムが困るので、そこは保証してほしいところだが、グレイのことだからそこをはっきりということはまずないだろう。
クルムが小さなため息とともに、その件についてこれ以上触れることを諦めたところで、大通りへと戻ってくる。
一応そのままパクス商店の本店へと向かうと、残念ながらパクスは外へ出ているようであった。息子であるヒューレに明日以降のパクスの予定を聞いて、再度訪問の約束を取り付けたクルムは、そのまま工房に寄って、ヴァモスとラーヴァに挨拶をする。
こちらも特に変わった様子はなく、精力的に加工品を生産しているようだった。
邪魔しても仕方がないと早々に退散したクルムは、そのままあちこちの店に挨拶をしながら王宮へと戻る。
夕暮れ時に戻り、夕食を取ってからまたしばらく仕事をして、その日は休息。
翌日にはパクスに状況の説明をして、今の状況と今後の活動についての協力を取り付け、また王宮へ戻り書類仕事。
数日そんなことを繰り返しているうちに、派閥の仲間たちからの報告が次々と舞い込んでくる。
その中でも特に重要だったのは、教会関係の情報をもたらしてくれるルミネの報告だ。
どうやら教会は組織を刷新。
教皇派閥に近かった者たちを閑職へ押しやり、面倒な仕事を押し付けられていた者たちを中心に据えて、権力を求めず、民に寄り添う形での運営を強化していく方針に決まったそうだ。
教皇の選挙は行われておらず、司教たちの協議で話が進められているが、実質今のトップは、教皇を廃したルミネである。それがジグを横にぴったりとつけて睨みを利かせている形になる。
外に向き合う時のルミネは、最近よく見る穏やかな表情であるが、内部の司教たちと話をするときは、以前のような、冷たく静かで、言葉少ななルミネであるようにしているそうだ。
その方が意見が通りやすいのだとか。
いずれはスペルティアを外部顧問とし、自身を聖女、ジグを聖騎士としていくつもりなのだとか。そうすることで、教会の方針の一切を取り仕切っていくつもりのようだ。
やはり王族だけあって、ルミネはルミネで食わせ者である。
教会は、教会の勢力のためにルミネを利用しようとして、結局ルミネにその力の全権を乗っ取られる形となっていきそうだ。
もちろん他国にも教会は存在しているので、必ずしもすべてがうまくいくとは限らない。
しかし、これらの報告はつまり、ルミネがクルムのために(あるいはジグと生きるために)、教会内の政争に身を投じることにした、という決意表明でもあった。
半端なことをしていたから、利用された。
今度は失敗しない。
そんなルミネの内心が漏れ出すような、強気な動きであった。




