バミの昔話
バミは小さくなっていくクルムを前にしながら、知らないふりをして後ろに控えている部下たちにも話しかける。
「お前たちも、もう少しグレイについてよく考えてみるのだったな。グレイがスペルティア様を保護していて、私に用があるという絶好の環境で、スペルティア様を私のところに連れてこないわけがないだろう。この環境が整った時点で、私の方としては詰んでいたのだ」
つまるところ、バミはグレイがスペルティアと合わせようと動き出せば、その時点で諦めて会うつもりでいたのだ。
「上司である私を騙そうと試みる必要も、クルム王女殿下に肩身の狭い思いをさせる必要もなかった。もう少し考えて行動をするのだな」
叱る様に言ってから、黙り込んでいる二人に向かってバミはさらに続ける。
「しかしまぁ……、私の気持ちを慮っての行動には感謝しておこう」
「いやー、バミ様の心残りを無くしておきたくてー」
「そうそう、そうなんですよ。だから悪気はなくて」
二人がほぼ同時に言い訳を始めたところで、バミはゆっくりと振り返ってぎろりと二人を睨みつける。
「調子に乗るな。七割好奇心であったことも分かっているぞ」
そこで二人はぴたりと口を閉ざして黙り込んだ。
やはりバミの方が数枚上手のようである。
「さて……、グレイがやってくるまでまだ少しありましょう。話し合いを始めても構いませんが、折角ですから全員揃ってからの方が話は早そうだ。到着までの時間、この場を整えてくれたクルム様に、あの世まで持っていこうかと思っていた身の上話を聞いていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「……お聞かせいただけるのであればいくらでも」
「ありがとうございます。さて、これはきっとグレイが自分で話したがらない昔のことです。お節介な馬鹿野郎で、人の気持ちなど少しも考えず、今回も好き勝手やってくれているようですから、私も好き勝手に話してやろうと思います。意趣返しのようなものですね」
バミの表情は話しながら段々と、仕事の顔からバミ本来の感情豊かなものに変わっていく。最後には悪戯っぽく笑い、少しばかり身を乗り出してきた。
「グレイは、昔から乱暴者でした。奴なりの正義をもって暴れていたので、中には私のように人生を変えられた者もいますが。あれには成績優秀なブラックという兄がいました。グレイが王都にきた後に追いかけるようにやって来たようですけどね。グレイよりもよほどうまく人間関係を作り、時にグレイがやらかすのを庇っていたこともありました。グレイはあまり関わりたくないようでしたが」
意外な話だった。
グレイの兄と言えば、父と一緒にグレイが殺した家族だ。
それにわざわざグレイを追いかけて王都に来たというのもよく分からない。
「不思議そうな顔をしていますね。その様子だとグレイが兄と父を殺して王都を去ったことをご存じなのでしょう」
それを聞いて一瞬互いにアイコンタクトを取ったのは、ホープとクリネアであった。クルムとは違ってこちらは初耳であったらしい。
その反応もお見通しであったようで、バミは振り返らずに二人に話しかける。
「グレイはその関係で、罪人として王都を追放された過去がある。だからお主らが中心街に招こうとしても断り続けたのだろうな。知っての通り、あれで案外情の深い男だ。お主らはグレイに少しばかり甘え過ぎだ。儂がグレイを探していることに気が付いていたのなら、その先も調べてみればよかったのだ」
話の流れでついでに二人にもう一度説教をしてから、バミは本題に戻る。
「さて、数年もそんな兄と交流していたところ、流石のグレイも多少心を開いたのでしょう。話しかければ返事をする程度になっていました。エルフの森へ行ったのはその頃のことです。王子であるナッシュと、私、それにグレイとブラックの四人。ブラックはその頃にはもう学園は卒業しておりましたが。グレイ程ではないにせよブラックはとびぬけて強く、ナッシュはそんな二人の緩衝材になり得る人物でした。私が一緒にいたのは、癖の強い面々が納得する作戦を立てるためです」
「……先生はバミ大臣の作戦ならば聞いてくれたのですか?」
「ナッシュがとりなして、ブラックが譲れば、ですが。逆にいえば私以外の話を聞くことがなかった」
そう言ってからバミは自嘲するように笑った。
「本人の前では言いませんが、あのグレイが私の話だけは聞く耳を持つ。それは私の自慢でもあり、自信でもありました」
「……それは、なんとなくわかります」
「共に行動しているクルム様であればご理解いただけると思っておりました」
あれだけ自由で強いグレイが、自分の作戦通りにキッチリと動いてくれたら、さぞかし自信になることだろう。クルムの場合は、グレイに引きずられ、ぎりぎりのところで無理やり行動の選択を迫られることがほとんどである。
「スペルティア様を救出し、私はいつかエルフの森を取り返すことを約束しました。ナッシュがいて、グレイがいて、ブラックが協力してくれるのであれば、それは夢物語ではないはずでした。しかしその数年後には、ご存じの通り、腕っぷしの足りない私以外は誰もいなくなりました。ナッシュもブラックも死に、グレイは国外へ。作戦の要であったはずのアルムガルド家もなくなりました。私は約束を守れなくなったのです。せめてもの償いとして、スペルティア様の安全を最優先で確保し、機会を待つ他ありませんでした。会わせる顔などありません」
グレイに関する間の大事な部分が随分と飛んだが、これはスペルティアとバミの昔話だ。そしてバミも、いくら仕返しと言えどもある程度気を遣って、情報を隠している部分もあるのだろう。
それでもグレイとブラックの間に何があったのか気になって仕方がなかったクルムが、何か良い質問はないかと頭を巡らせている間に、バミが大きく息を吸って、椅子の背もたれに寄りかかった。
「そろそろくるでしょう」
どうやら時間切れのようだった。




