その瞬間のためだけの調整
グレイの存在は、ジグからすれば瓢箪から出た駒だった。
スカベラを処分したのは、騎士としての活動の一環であったが、そんなところでグレイのような強者を見つけることができるとは思ってもいなかった。
そしてそれが、ホワイトのあずかり知らぬところで起こったことは、ジグにとって幸運であった。
グレイの本当の実力を確認するには、もうしばらくの時間が必要だった。
強さ、対応力、全てにおいて突出していることを時間を掛けて確認。
そしてその全ての情報を、あえてホワイトに渡さないようにしていたのは、意気投合、あるいは敵対してしまう可能性を感じていたからだ。
ジグは教会にグレイという新たな存在の脅威を伝えた。
どうせ目立つ行動をするだろうという予測からの、それを報告しなかったことによる裏切りへの疑いを避けるためだった。
それによって、グレイを早い段階で処理しようという話で、ファンファによるクルムに対する仕掛けが行われたわけだ。
これに関しても、グレイの強さを確認するという点において、ジグにとっては悪い展開ではなかった。実際に一連の流れによって、十分な戦力として期待を持てることも分かった。
教会の勢力には二つの頭があった。
一つは、教皇。
教会の発展を真に願っており、そして自分がその頂点であるという自信にあふれた傲慢な男であった。実際に聖魔法と呼ばれる浄化の魔法に優れており、若くして教皇になった実力者である。
ただし、教皇は手段を選ばない男であった。
近年の教会衰退を憂いて、その発展のためには多少の犠牲はやむを得ない。
それを当然の正義として掲げられる異常者であった。
もう一つは【人形遣い】と呼ばれる、エルフの魔法使い。
教皇がどこからか拾ってきた凄腕の魔法使いで、人を意のままに操る恐ろしい老婆である。
薬と卓越した魔法。
意識の刷り込みや洗脳、そして意思のないものを操作する魔法。
ジグにはどのような魔法をどのくらい行使しているのかわからなかったが、とにかくとてつもない魔法使いであるということは理解できる。
この【人形遣い】にとって、教皇は非常に相性の悪い存在であった。
一般的に呪いと呼ばれる魔法は、絶対的な自信を持つ者や心の揺らがない者に対しては効きが悪い。その上聖魔法は魔物などの邪を燃やし、呪い系の魔法を跳ねのける効果がある。
それゆえに教皇は油断していたのだろう。
少しずつじわじわと心の中に侵食してくる【人形遣い】の巧みなやり方に気付かなかった。ジグがあちら側について初めて話をしたときの教皇と、死の直前の教皇は、まるで別の人物であった。
ジグは計画を立てる。
教皇と【人形遣い】を同時に始末できる機会を探る。
しかもその際には、必ず自分がルミネの傍らにいなければならない。
これまでの行動を整理するとクルムが切れ者であることはもう分かっている。
そして、ハップスへの態度やファンファへの処分を見れば、情に厚いことも。
上手くクルムに流す情報を調整すれば、ルミネを救うことはできるはずだ。
そのために、教皇側にもクルムたちやホワイトの情報を流しておく必要がある。
クルムがホワイトと接触したのは、そんな最終調整に差し掛かった頃のことだった。
クルムと接触した後のホワイトは、街の外でジグを探し出し、少しばかり言葉を交わしている。
クルムやグレイについてどう思っているか尋ねられた時点で、ジグは時間がもう僅かしか残されていない状況を悟った。ホワイトは一度動くと言い出せば、ジグが何を言おうと止まったりはしない。
ジグの想定以上にクルムの情報収集が早く、そして適切な手を打てるほどに優秀であることがここで分かった。
クルムが得られる情報を考えれば、ジグは間違いなく裏切り者に見えるはずだ。
それが分かってもホワイトに情報が伝わらないように、両者の仲を裂いてきたつもりだったのだが、クルムは自力でホワイトとの接触を可能にした。
あり得るとすればクルムとハップスの仲違いが解消されたということだ。
ここ数日で、クルムがどれだけの情報を得て、どれだけの行動を起こしたのかと考えると、ジグは素直に感心するしかなかった。
年齢を加味しなくとも、尋常ではない判断力だ。
『少し出かけて来る』と言って外へ出ていくホワイトは、『お前のことは信頼している』とジグに言い残した。
ジグはそれに対して、軽口で無茶をし過ぎないよう注意することもできなかった。
きっとホワイトは異変に気が付いていたはずだ。
気が付いていても何も言わず、行動を変えなかったのは、正にジグのことを信頼していたからだろう。
ジグはそんなホワイトを見送ると、騎士たちに指示を出して、自分は王宮へと戻ることにする。
ホワイトが外にいるのならば、自分は王宮を守らなければならない。
ジグは騎士であることを捨てた裏切り者であるくせに、騎士の仕事には忠実だった。
ただただ、ホワイトの信頼が心苦しくて仕方がなかった。




