【人形遣い】
一つの影が、背後の人物を守るために飛び出して石を弾き飛ばす。
ただ、後ろにいた影が回避を試みたことで、逆に守り切ることができず、背後の人物の腕と脇腹に小石が命中。
それぞれの骨にひびを入れる。
大げさな悲鳴が上がって影が倒れ込むと、前に出た手足の長い剣士、スカベラは舌打ちをした。
「ああああ、ふざけるな! ふざけるな! お前、私の護衛だろうが! 何をぼさっとしている!!」
しゃがれたキーキーと高い声で喚くのは、腰の曲がった老婆。
ローブの端から皺だらけの顔を覗かせて、スカベラをののしる。
「てめぇが動くからだろ! 黙ってろカスが!」
スカベラの方も相手が悪いのが分かっているので黙ってはいない、即座に言い返して二人は早々に険悪な雰囲気だ。
「またお主か、しかし今日は構ってやる暇はない」
「何とかしろ!」
「うるせぇ!」
両手に炎の塊を出現させたグレイは、そのどちらをも老婆に向けて投げつける。
先ほどの攻撃で懲りたのか、老婆は今度はスカベラの背後から動かなかった。
喧嘩をしながらもスカベラはグレイが投げつけてきた炎を、剣を横に薙いでかき消して見せた。
魔法斬り。
特殊な武器を使うか、よほどの鍛錬を積まないと難しい芸当である。
ここ数カ月、グレイを殺すことばかりを考えてきたスカベラは、その腕を格段に上達させていた。
「ほう!」
感心したふうな顔をしたグレイは、同じように炎を続けて投げつけつつ距離を詰めるべく走りだす。
「無駄だ、糞爺ぃい!」
スカベラが魔法を切り裂くべく、再び剣を構える。
一方で下では一斉に薬物兵が動き出し、ホワイトたちへ向けて走り出していた。
「抵抗すれば子供を殺すぞ!」
教皇は苛立ちながら叫ぶ。
先に【人形遣い】と呼ばれる魔法使いが襲われるのは想定外だった。
隠密を得意とし、影から静かに人を操り殺すスペシャリスト。
これまでの試しでも、グレイは【人形遣い】の居場所を探ることができていなかった。
ならなぜ今回は気が付いたのか。
念のためにと護衛に付けたスカベラのせいかと考え、役立たずめと罵る。
実際のところは先ほど右腕を挙げて、薬物兵を動かすように指示した拍子に、教皇自身がほんの僅かに【人形遣い】の居場所を見たことが悪かったのだが、そんなことは誰も教えてくれない。
指示する側の人間が現場に出てきたことがまず悪いのだ。
本当ならば、人質を使って騎士団及び、クルム王女の陣営を丸ごと取り込むのが目的だった。それが成功すれば、王位継承争いの勝率は一気に上昇するはずだ。
ジグから継続的に得てきた情報によれば、ホワイトもクルムも、子供を人質にさえしておけば見捨てられるような人柄はしていないという。
唯一の懸念はグレイという老人であったが、ジグの情報によればグレイは、クルムによって完全に制御されているはずだ。
こうして姿を現したのは危険な賭けであったが、どこかに隠れているところを襲撃されているよりは、自分の戦力を集中させている場所に身を置いたほうが安全だと判断してのことだった。
計算は狂った。
だがこうなれば、ホワイトを殺してジグを騎士団長に据えることで戦力を増強するしかない。ハップス王子は騎士団頼りであるから、うまくやればそこも取り込むことができるはずだ。
「【人形遣い】! クルム王女は殺すな! いいか、殺さないようにしろ!」
今薬物兵たちがホワイトたちに襲い掛かっているのは、【人形遣い】の勝手な行動だ。自分が襲撃されたことで、この戦いをできるだけ有利に進めるべく、攻撃に踏み切ったのだろう。
今襲い掛かっている老爺が、クルム王女の言うことだけは聞くというのは、情報として共有してある。万が一にも殺すことはないだろうが、それでも、念のため屋根に向けて大きな声を上げた。
ホワイトがすらりと剣を抜いた。
前情報が正しいのならば、ホワイトは子供を犠牲にすることができないはずだ。
この情報は正しいはずなのだ。
ジグは嘘を吐けない。
今回はわざわざ、改めて操ってまで嘘偽りがなかったか確認しているのだ。
「抵抗を……!」
教皇が声を発せたのはそこまでだった。
ホワイトが近づいてくる薬物兵たちを両断し始めるのと同時に、そろりと腕を伸ばしていたジグが、ぽきりと、教皇の首をへし折ったのだ。
瞬間、ルミネ王女が持っていたナイフに手を伸ばし、ジグは即座にそれを叩き落とす。続けて口を開けて舌を噛もうとしたところで、「御免!」と声を上げ、無理やりに無骨な指を数本突っ込んだ。
噛みつかれた指から鮮血がほとばしる。
ルミネ王女が今度は自らの首を両手で絞めようとするのを、空いている片手で手首をまとめて押さえつける。
目まぐるしく事態が進展していた。
ジグがルミネ王女を抑えているうちに、薬物兵が次々とホワイトによって切り伏せられていく。
ホワイトの鬼気迫る剣筋は、普段からグレイの動きを見ているクルムから見ても、特別な強者であることが分かるすさまじさであった。
一振り一振りが、人間を両断する豪剣は、相手の数をものともしない。
訓練ではまともに相手できる者がいない故に、その剣筋が人に披露されることはほとんどない。
それはしばしばホワイトの実力を疑わせるが、一度でも戦いっぷりを見たならばきっと皆、口をそろえてこういうだろう。
騎士団長はホワイトしかいない、と。
人柄や行動はともかく、剣を持たせたときの実力は、他に並ぶ者のいない男である。




