善性
「ファンファお姉様は、十年ほど前のルミネお姉様のことを知らないのですか?」
「うーん……、その頃ってあなたのところばかり遊びに行ってたから……」
クルムは子供の頃のファンファが、兄であるレニスにべったりと張り付いていたのを思い出す。
確かにあれだけ頻繁に顔を見せていては、他の兄弟のところに遊びに行く余裕はなかっただろう。
そうなると昔のルミネ王女を知っている人物を探して話を聞いてみたいところだが、周囲にはそれを知っていそうな人物がいない。
身内として判定していい範囲で情報を持っていそうなのは、ハップスかバミだが、この件に関してはあまり頼りにならない。
まず、バミはスペルティアのいる場所に姿を現していないので、スペルティア以上の情報は持っていないと思われる。
続けてハップスに関してだが、こちらはルミネ王女より年下であり、かつファンファと同じくレニスにべったりで口下手なため、おそらくよく知らないだろう。
たったこれだけで手詰まりだ。
クルム陣営はあまりに王族に興味のない人物が多すぎる。
せめてバッハ侯爵が生きていれば何らかの情報を得られたかもしれなかったと思うと、その死がなおさら惜しまれる。
そこまで考えてクルムは一つ思いついたことがあった。
「……シープ子爵はルミネお姉様の派閥、でしたね」
クルムはぽつりとつぶやいてから、ファンファやグレイに向けて今後の方針を伝える。
「スペルティア様からの話を踏まえたうえで、いくつか想定の上で今後の行動を考えていきます。今まで通りルミネお姉様が自分の意思で派閥を動かしている、と考えるのが一つ。脅されて、あるいは、意見の一致をみて、はたまた……、薬によって意思を奪われた状態で、教会の意思によって行動がなされているとみる方向」
「どうなのかしら、本当に……」
二人の王女が深刻な顔をして俯く。
特にファンファなどは、一度操られた経験もあるので他人事ではない。
「何やら悩んでおるようじゃが、どちらにせよやることは変わらんじゃろうが」
グレイは小指で耳掃除をしながら、当然のように言い放った。
「どっちにしろ倒すべき敵じゃ。操られておれば操っている奴を始末すればよい。本人の意思で動いているのならば、本人を屈服させればよい。首魁を叩けばそれで終わりじゃろうに」
突き詰めてしまえばそうだ。
グレイにとって、倒すべき敵の事情というものはあまり関係ない。
スペルティアがあれだけ庇っていたが、十年もすれば人が変わる可能性があることをグレイはシビアに理解している。
グレイが冒険者をしている頃なんて、キラキラと輝いていた若者が、十年後には落ちぶれて道で飲んだくれていることなどざらだった。すべての者が意思の強さを持っているわけではないのだ。
スペルティアはあんな見た目と言動の割にお人好しだ、というのがグレイの評価である。そうでなければ本気で腹が立ってとっくに引っぱたいている。
「信じても良い、疑っても良い。しかし悩むのは無駄じゃと思うがのう」
「……そうでしょうか?」
「どういうことじゃ?」
珍しくクルムからの反論があった。
グレイは腹を立てるでもなくそれに問い返す。
馬鹿にされれば腹も立つが、議論しているだけで暴れ出したりは流石にしない。
ましてやまだ少女であり、そして人としてある程度認めているクルムからの疑義ならばなおさらだ。
「先生は、ハップスお兄様に関して、かなり初めのころから私が意地を張っているだけだと気づいているようでした」
「まぁ、そうじゃな」
「結果お兄様を味方にすることができました。…………家族を一人取り戻せたんです」
「ふむ」
「もし、ルミネお姉様が、どこにも頼る人がなく、たった一人で戦っていたとして……、私がそれを敵とだけみなして相対したとします。そして勝利したとします。そうなったときルミネお姉様は、ずっと救われないままになるのではないでしょうか」
「…………まるで慈善家のようなことを言う」
グレイは目をつぶり長く沈黙した。
かつてそのようなことを言っている、頭のおめでたい王子が一人いた。
最後には裏切られて死んだ。
それが、グレイの友人であったナックス王子だ。
「その心の隙間が命取りになることもあるぞ」
「はい。だから先生は厳しい目で見守ってください。私が死なぬよう、よく見ていてください。私は私で、きちんと考え、判断をしたいと思います」
「駄目そうだと判断すれば、お主が何と言おうと、儂は相手を殺すぞ」
これはグレイの後悔による誓いであった。
優しさを、心の広さを、甘さを見せれば、どこまでもつけ込んでくる悪がいると知っているからこその、自分と守るべきものを守るための厳しさであった。
「先生がそうしてくださると、私も安心して考えることができます」
「そのつもりなら良い」
失敗をしていないから考えが甘くなったのかと警戒していたグレイだが、どうやらそうではないらしい。
これも成長かと考えたグレイは、やや厳しくしていた表情を緩めて頷くのであった。




