昔のルミネ王女
「なんだ、誰も怪我してないのか」
そんな言葉と共にスペルティアとの会話は始まった。
相変わらずの無表情でありながらつまらなさそうに聞こえてしまうのは、クルムが先ほどグレイから妙なことを吹き込まれてしまったせいだろう。
気を取り直して、クルムはスペルティアに向き合う。
「まず、最近の状況についてお伝えしたうえで、スペルティア様のお知恵をお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ふむ」
是とも非とも言わず、スペルティアは頷いた。
話の流れからしてスペルティアは味方であると勝手に考えていたクルムだが、改めて向かい合ってみると、必ずしもそうであるとは限らないことを思い出す。
グレイやバミの旧友であれば、二人の味方はするかもしれないが、だからと言ってクルムに親切にするとは限らない。
また、グレイは随分と国を離れていたし、バミも直接スペルティアとは関わっていない雰囲気がある。そうなると他勢力と手を組んでいたっておかしくないのだ。
国を取り戻すことがスペルティアの目的なのだとすれば、クルムなんかよりもヘグニ王子と手を組むのが正解である。
「近頃街では妙な薬が流行っています。痛みを感じなくなる。気分が高揚する。判断力が低下する、などの効果があるようです。こういった薬を大量に生産するためには、ある程度薬の知識は必要でしょうか?」
「当然、必要。例えば体の中に異物が入り込んだ場合、治す前にそれを取り除く必要がある。その時に使う薬が近い効果を持っていて、私様はそれを麻酔薬と呼んでいる。ただし、この薬は、痛みを感じにくくなり、眠るように判断力が低下し、やがて意識が消失する薬。かなり低い確率だが、そのまま意識が戻らぬこともある。人体には悪影響。治癒魔法が使えぬものは扱うべきではない」
焚いて煙を吸うものもあれば、直接経口摂取するものもある。
どちらにせよ劇薬であり、スペルティアは、患者が我慢できるような場合には使わないことを推奨している。
スペルティアの眉間にはわずかばかり皺が寄った。
「……それを基本に改良を重ねればおそらく可能。ただし、私様が想像する組み合わせである場合、毒性と依存性が残る可能性が高い。薬と毒の境目は曖昧だが、それは薬ではなく、明確に毒だ」
「ありがとうございます。薬草に詳しければ作ることもできる、ということですね」
「……簡単には作れない。麻酔薬の製法は、私様が限定的に広めたものだ」
「限定、といいますと?」
「治癒魔法使いに限って伝えた。門外不出、口外無用。その製法に近いものが使われているのならば、作っている者は治癒魔法使いか、それに話を聞いたもの、あるいは私様と同じくらい薬学に通じている者。そんな者はいないから前者」
スペルティアらしい自信たっぷりの論法だった。
これによって改めて犯人像が教会に集約されていく。
何せ成人した治癒魔法使いの多くは、好待遇で教会に囲われて日々人々を癒すために働いているのだから。
「スペルティア様は、ルミネお姉様をご存じですか?」
「あの娘なら、たまにここへ来ていた。勉強熱心で感心」
「ここへ……?」
やけに気安い呼び方で、しかも評価が高かった。
少しばかり声が高くなった辺りからクルムが察するに、スペルティアは本当にルミネ王女のことを悪く思っていない。
「そう。一緒に薬草も育てた。寡黙だが、私様の話を真面目に聞いていた。ただ、もう十年ほど来ていない。来られなくなるかもしれないとは言っていたから、仕方がない」
クルムとファンファは思わず顔を見合わせた。
ルミネ王女と言えば、寡黙で冷たい王女として知られている。
教会勢力を背景に力を蓄え、民衆からの支持が厚い。
一方で王位継承争いでは一歩引いたところで動いており、裏で暗躍していることが多いと噂される王女でもあった。かつて仲良くしていた王女の死を聞いた時にも、眉一つ動かさなかったという話は有名だ。
「ルミネお姉様がここに? 薬のことを学びにですか?」
「そうだ。治癒魔法についても積極的に学んでいた。教会は私様を鬱陶しく思っているようだったが、あの娘は違った。私様を尊重し、教会との意見の対立を心苦しく思っていると言っていた。心優しい娘だ。あと定期的に授業料としてお金もたんまり持ってきていた」
「こやつが相も変わらず守銭奴であることはさておき、何やら妙な話になってきたのう」
グレイが他人事のように呟いて顎鬚を撫でる一方で、クルムとファンファはまたも顔を見合わせていた。
「ファンファお姉様は、ルミネお姉様とお話しされたことがあるのですよね?」
「話しかけたことはありますけど……、お返事いただけたことはほとんどありませんの。つまらなさそうに、本当に時折ため息を吐かれるばかりでしたわ」
「……ルミネお姉様は今……二十七でしたよね? 十年というと、今のファンファお姉様の年頃から、スペルティア様の下を訪れていない、ということになりますね」
クルムは口元を押さえながらしばし悩んでから、再びスペルティアに尋ねる。
「ルミネお姉様とスペルティア様は、どのくらいの関わりがあったのですか?」
「十年ほどあった。数日に一度はここへ来ていた」
「そうですか……」
「もし、あの娘を薬製作の犯人と疑っているのならば、私様の知る限り、それはあり得ないと断言する」
話の内容から状況を察したのだろう。
事の核心を得るためにやって来たというのに、妙な情報が出てきてしまい、頭を抱えそうになるクルムであった。




