ケルンは小物か
「このままスペルティア様の下へ向かいます」
騎士団の訓練場を後にしたクルムは廊下を進みながら、グレイたちに告げ、そのまま早足に歩いていく。
さて、スペルティアの暮らしている治癒室付近は人があまり立ち入らない。
スペルティアがのんびりする庭と、薬草を育てる菜園が設けられており、入るのには見張りが立っている門を通り抜けなければならない。特に声をかけられて止められるわけではないが、誰が入っているかはお見通しというわけだ。
クルムは厳重すぎるのではないかと思っていたが、現状やスペルティアの立場を知れば知る程、あれでは危ういくらいの立場であることが分かる。
一応ハルシ王国が保護している、という立場上、滅多に手を出されることはないのだろうけれど、狙おうと思えば狙えるような環境であることが、諸々の事情を知ってしまった後だと恐ろしいことだ。
「スペルティアに警戒をしろと言ってもあまり意味がないぞ? あやつはろくに戦えん」
「それは一応伝えますが……、そうではなく、薬学医学、そして治癒魔法に通じているスペルティア様に、襲ってきている兵士について、色々と聞いておきたいのです」
「なるほどのう……。まぁ、そういうことに関して言えば確かにあれ以上の適任はおらぬか」
スペルティアが教会の勢力の邪魔になっているということはすなわち、教会勢力の手口も理解できる可能性があるということである。
「知ってどうする?」
「まずルミネお姉様派閥にあの兵士を作るだけの環境があるかの確認。逆に他の勢力にあの兵士を作り得るかの確認。つまり犯人がルミネお姉様であると、確信を得るための」
クルムとグレイが並んで歩き、その間にファンファが首を突っ込む形でこそこそと話しているが、あくまでここは廊下だ。グレイがすっとクルムの前に手を出せば、ピタリと会話を止める。
人に聞かれては困るような話ばかりであるから、気配に敏感なグレイの指示には必ず従うようにしている。
「待っておるようじゃな」
グレイもクルムと出逢ったばかりの頃は、気配の察知なんてすっかり忘れてやらなくなっていたが、今となっては現役当時と変わらぬ精度で人の位置を察知することができる。
数人が角の先でたむろしていることを見破っていた。
ぼちぼちの強さの護衛を連れて居そうだが、果たしてと思いつつ歩く速度は緩めない。
角に近付いたころに、さも今やって来たかのように現れたのは、配下を連れたケルン王子だった。クルムは少しも悩まずに廊下の端に寄って道を空けると、にっこりと微笑んで頭を下げる。
ファンファは元からケルンのことが好きではないのか、二人の冒険者の間で白けた顔で髪をいじっていたが、ケルンはその場で立ち止まってクルムの前に立った。
「何かご用事でしょうか、お兄様」
「……人のものを横取りしてご満悦か」
「何のお話しでしょうか?」
「とぼけるか。売女の娘は所詮、か」
おそらくクルム派閥を見限った貴族家が、今回の件についてケルンに報告をしたのだろう。動き出してからひと月以上。しかも別派閥が動いたおかげで、ようやく自分の足元が疎かになっていたことに気付くなど、あまりにも無能である。
クルムはそれでもケルンを表立って相手にするつもりはなかった。
これ以上ケルン派閥から引き抜きをしようとも思わないが、争ったところで余計な足引っ張りをされるだけだろうと判断しているからだ。
それはそうとして、母を馬鹿にされたことには腹を立てていたので、顔で笑って目の奥には怒りの炎を燃やしていたのだけれど。
「お兄様、あまり……」
「聞き捨てなりませんわね」
クルムがやんわりと嫌味を言おうとした時。
そしてグレイが目の前の馬鹿の頭を握りつぶすかどうか検討し始めた時。
ファンファがずいっと前に出た。
「ケルンお兄様、ああ、ケルンお兄様。女性を馬鹿にするというのは、世界の半分を馬鹿にするということですわ。言うにこと欠いて……、陛下の選ばれた方に向かって、今いったい何とおっしゃったのですか?」
ずいっと距離を詰めたファンファは、下からケルンを睨みつける。
「お前には関係ないだろう、黙っていろ」
ファンファは絶世の美少女、と表現するに足る美貌を持っている。
豊満な体つきで体を寄せれば、自然と谷間が強調される服装をしており、胸を押し付けられるような形になったケルンは文句を言いながらも、半歩後ろへ下がる。
ファンファはそれにどんどん詰め寄りながら文句を続ける。
「関係ないことありませんわ。私のかわいい妹のクルムのお母様ともなれば、私の母も同然ですの」
「何を馬鹿な……! そもそもクルムの母は最期には国家反逆罪で……」
「あの方の罪は確定されず、失意のまま亡くなられましたのよ? 亡くなった方の名誉を貶める物言い、断じて許せませんわ」
「この……! 近寄ってくるな!」
ファンファがずんずんと前に出るせいで、ついにケルンは壁まで追い詰められる。
「謝って下さいませ」
「誰が……」
「謝って下さらないと、会う女性皆に、今のケルンお兄様の言葉を伝えます。王宮の女官からは白い目で見られ、街を行けば陰で噂されるようになりますわよ。これが貴族の範たることを誇っていたケルンお兄様の本性か、と。よろしいのですか? 本当にそれでよろしいのですか?」
「くっ、ど、どけ!」
ケルンがファンファの肩を押して距離を離す。
「きゃっ」
するとファンファはわざとらしくよろけて、二人の冒険者に支えられ、涙目でケルンを睨みつけた。
「ケルンお兄様はそうやって女性に暴力を振るうのですね。分かりました、今後はそのような方だと……」
「……っ! 発言を撤回する」
「あー、ケルンお兄様に乱暴をされ……」
「悪かった! あまり調子に乗るなよ!」
ファンファが口元に手を当てて大きな声を出したところで、ケルンは謝罪をして、逃げるように去って行った。小物である。
「さ、あんな小物に構ってないでスペルティア様のところへ行きますわよ」
「……そうですね」
「たまには役に立つのう」
「たまにはってなんですの、もう」
さらりとケルンによる追及を回避した一行は、そのままスペルティアの下へと向かう。




