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Prolog

 昔々、ある所に男爵家の令嬢と商人の間に生まれた、ティターニア・ローリングスと言う魔法使いの女の子がいました。

 太陽の光を受け、眩いほどに煌めく金糸の様に輝く髪、雲ひとつ無い空のように青々しい瞳。

 母の生き写しの様な外見に、父譲りの青い瞳。誰が見ても愛くるしいと思う外見に、明るく愛想のいい彼女は、みんなの人気者でした。


「ティターニアはとてもいい子だね。」

「ティターニアはとても優しいね。」


 そう言われて育った彼女は、誰にでも優しく、とても穏やかな非の打ち所のない少女へと育ちました。




「お母様!今日はすごくお天気がいいの!お散歩しましょう。」

「あら。ティターニア。そうね。暖かいし、少しなら外に出てもいいかしら。」


 ティターニアの母は、身体が弱く、外出もままならない程でした。

 それでも少し体調がいい日などは、庭の木の木陰に座り絵本を読んでくれて居ました。


「こうしてお姫様と王子様は、末永く幸せに暮らしましたとさ。ティターニアもきっと、自分だけの王子様が現れるわ。」

「それってお母様にとってお父様のような?」

「ええ。そうね。」


 幸せそうに笑う母を見て、ティターニアは複雑な気持ちになりました。


「私、私……このままずっと、お母様とお父様と3人で幸せに暮らしたいわ。でも……私だけの王子様にも会いたい……」

「ティターニア……」


 悲しそうな、嬉しそうな、何とも言えない表情を浮かべる母。そんなふたりの元へ近寄る人影が。



「ティターニア。またお母様を困らせていたのかい?」

「お父様!」


 人影の正体である父は、走り寄ってくるティターニアを大きい腕に迎え入れます。


「おかえりなさいあなた。」

「あぁ。ただいま。」


 家族は、仲良くそのまま屋敷へと入って行きました。

 ですが、幸せはそう長く続きません。



 ティターニアが十歳の頃、母の不調が悪化し、流行病に掛かり、帰らぬ人となりました。

 ティターニアと父は悲しみに暮れ、暗い生活が続いていたある日のことです。


 ティターニアが13歳の頃。父が紹介したい人がいる。と、ある女性を連れてきました。

 その女性は父が事業で投資を受けている、ハーベスト侯爵の紹介で知り合った方なのだそうです。


「ティターニア、こちらアボット婦人だ。」


 アボット婦人。彼女は1年前に夫であるアボット男爵を亡くし、未亡人となった女性。

 婦人には娘が2人いるのですが、貴族の世界は厳しく、跡継ぎの男児が産めなければ離縁が当たり前の世界。

 夫をなくした婦人はそのまま離縁を告げられたのです。


「初めまして。アボット婦人。どうぞよろしく。」


 ティターニアはなぜ突然父がこの女性を連れて来たのか、分かりませんでした。



 顔合わせが終わったその夜、ティターニアは父の書斎へ呼ばれました。


「ティターニア、今日突然すまなかったね。」

「大丈夫よ。お父様。突然どうしたの?」


 父は、ひと呼吸おき、話し始めました。

 アボット婦人との出会いは、男爵を亡くした時だったのだそう。

 婦人の悲しそうな姿が、自分たちと重なり、支えて上げたいと思ったのです。

 そして婦人の喪が明けて数ヶ月経った今日、再婚したいと。


 婦人には娘が2人。もし、再婚することになると、ティターニアには姉が2人できます。

 ティターニアは賑やかな屋敷内を想像して、心を躍らせました。


「賛成よお父様!お姉様ができるのよね。すごく楽しみだわ。」

「ティターニアならそう言ってくれると思ったよ。ありがとう。愛してるよティターニア。」


 父は微笑み返すと、ティターニアを抱きしめました。




 そしてそれからさらに2年の時が過ぎたある日、父は事業拡大の為、隣の国へ出かけることになりました。


「それじゃあ行ってくるよ。」

「お父様!お土産はたくさんレースの着いたドレスね!」

「ずるい!私はシルクのリボンと羽の装飾の着いた大きな帽子よ!!」


 父に対し、義姉達は口々に土産をねだっています。

 ティターニアは少し離れた場所から父と義姉を見つめ、お見送りをしていました。

 そこへ父がやってきて、ティターニアに尋ねます。


「ティターニア、お土産は何がいいんだい?」

「お土産……風景画。風景画がいいわ。お父様が綺麗だと思う風景を、得意の絵描き魔法で描いてきて欲しいの。その中に、私も描いて、共に旅をさせて欲しいわ。そして無事に帰って来て、お話を沢山聞かせて。」

「あぁ。もちろんだとも。君が学園へ入学してしまう前に、必ず帰ってくるよ。ちょうど1年もあるんだ。気長に待っていてくれ。愛してるよ。」


 そう言って父はティターニアを抱きしめ、離れては名残惜しそうな顔をして、馬車に乗り込み仕事へ出かけて行きました。


 仕事の都合上、今までもこのように長期で行く事はありましたが、今回は初めての国外。

 ティターニアは何か嫌な予感がしていました。



「ティターニア、掃除は終わったの?」

「ティターニア!洗濯物が溜まっているわよ?」

「ティターニア!部屋のお片付けをしておいてちょうだい!!」


 父が旅に出て半年が経つ頃、ティターニアは屋敷で使用人のような生活を送っていました。

 毎日、毎日、掃除、料理、洗濯、食器洗い。部屋の片付け。

 ですが、いつか父が帰ってくると信じて、ティターニアは頑張っていました。



 そんなある日のこと。

 邸の扉が突然ノックされました。

 ティターニアは、きっとお父様が帰ってきたのだ。と、期待に満ち、扉を開けました。

 しかし、扉の前に立っていたのは父と共に隣国へ渡っていたはずの部下、カイルでした。


「カイル!帰ってきたのね。おかえりなさい。お父様は?」

「お父上は……旅先で不慮の事故に遭い……お亡くなりに。」


 その報告を聞いた瞬間、ティターニアは頭が真っ白になりました。

 義姉達はティターニアの後ろで、私達が頼んだお土産は無いのかしら?と、お父様が死んだ事への悲しみより、お土産がない事への文句を口々に吐き出しています。


「これを、ティターニアお嬢様へ。」


 カイルはそう告げると、布に巻かれた正方形の何かをティターニアへ手渡します。

 ティターニアはショックで思考停止したまま、その布を広げます。

 そこには、とても美しい街並み風景と共に、ティターニアが笑顔で歩いている絵が描かれていました。


「お父様は……約束を守ってくださったのね。」


 ティターニアはその絵画を見て、お母様が亡くなった時のように涙を流しました。

 ティターニアが継母や義姉達からのいじめに耐えられたのは、いつか父が帰ってくると信じていたから。

 もう、ティターニアの味方は誰もいません。


 それでも、ティターニアは強く、美しい女性でした。

 まだたったの15歳の少女ですが、ティターニアは目を閉じ、静かに父親の死を受け入れたのです。



 そして父の葬儀が終わった日のことです。

 ティターニアは継母に呼び出され、屋敷の応接室へ向かいました。

 中へ入ってみると、既に喪服から煌びやかなドレスへ着替えた継母と、父の事業へ投資をしていたハーベスト侯爵が座っていました。

 ティターニアは何となく嫌な予感がしましたが、挨拶をして空いている椅子へ座りました。


「ティターニア、お父上が亡くなって残念だったね。」


 ハーベスト侯爵は言葉ではそう言ってくれましたが、ティターニアを見ながら薄気味悪い笑っているようないないような、なんとも言えない表情をしています。


「ティターニア、ハーベスト侯爵と話し合ったのですが、アルフレッド様……お父様がしていた事業をハーベスト侯爵様に買って頂こうと思っているの。」

「そんな……あと3年……18になれば、私も学園を卒業して事業を継げます!何とかなりませんの?」


 ティターニアは驚きのあまり、立ち上がり前のめりになってしまいました。

 ハーベスト侯爵と、継母は困ったように顔を見合せ、ティターニアにではこうしよう。と告げます。


「ティターニア、では、ティターニアが卒業するまでの間、私が事業を運営しよう。そして卒業する時に、私の息子、ラルフと婚約し、事業を継ぐということで。どうだろうか?」


 ラルフ……その名前を聞いて、ティターニアは嫌な記憶を思い出しました。

 それはまだ父上も母上も生きていた頃のこと。

 ハーベスト侯爵の息子、ラルフはティターニアと同い年だからと、頻繁に遊びに来てはティターニアをいじめて居ました。

 と言っても、軽い子供同士のじゃれ合いのようなもの。

 ですがティターニアは、あることがきっかけで、ラルフを嫌いになりました。


 大嫌いなラルフと婚約するのは嫌だ。それでも、お父様の事業を継ぎたい。

 ティターニアは苦渋の選択を迫られます。

 それでも、背に腹はかえられぬ。と、ティターニアは卒業後、ラルフと婚約する事を承諾しました。

 全てはそう、愛する父上が頑張って来た事業を継ぎたいが為です。


「分かりました。卒業後、ラルフ様と婚約致します。」


 その返事を聞いたハーベスト侯爵と、継母は好機だと言わんばかりに顔をゆがめ笑いました。



 それから学園へ入学するまでの半年間、継母と義姉達は、ハーベスト侯爵から貰った買収金を湯水の如く使い果たしてしまいました。

 少しでも経費を削減したいと、使用人を皆解雇して、とうとうティターニア1人で屋敷の事をしなくてはなりませんでした。


 それでも、義姉達と継母は見栄のために浪費を止めません。

 ティターニアは毎日、家事をして、穴の空いた洋服を修繕して、それを着て、家事をする毎日。


 そんな日々がすぎ、ティターニアの美しかった金糸の髪は、毎日灰をかぶり輝きは消え失せ、濁った色へ変わってしまいました。

 毎日、皆が寝静まった後に入浴をしても、昼間には灰を被り。

 それでもティターニアは、学園へ通う日をただひたすらに待ち望んで居たのです。



 そして入学、入寮の前日。

 せめて学園へ行くからにはいつもより綺麗にしなければと、ティターニアは念入りに入浴を済ませました。

 そして当日。学園からの迎えの馬車に乗り、誰のお見送りも無いまま、ティターニアは学園へ旅立つのでした。

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