8 新たな王太子(スィーリ過去)
第一王子が狩りの最中、落馬をして薨御した。立太子が決まっており、今年の建国祭で正式に発表されるはずだった。
同日、第二王子が何者かに放たれた矢によって負傷し、三日後、神の元へと旅立った。
第一王子は首を骨折して即死のため、魔導師の回復魔法であってもなす術はなかったが、第二王子は医師や魔導師が懸命に治療したにも関わらず、助からなかったため陰謀説が流れた。
しかし、真相は屠られ闇の中だ…。
悲しみの中、それでも、誰かが王位を継承せねばならず、内政に混乱が起こらぬよう、速やかに王太子を決めなければならなかった。
白羽の矢が立ったのは王弟の息子ヴァイヌ・リースである。
本来ならば王位継承順位から王弟が王位継承権第一位となるのだが病を患い床へ伏していた。ヴァイヌは王立ジョンブリアンアカデミー卒業後、聖職に就いていたのだが還俗された。
王族の立て続く死により一年は喪に服すことになり、それが明ければヴァイヌは立太子する。
法は改制され庶子の人権は認められたとはいえ、王弟が前王の庶子であることは違いない。王弟の息子ヴァイヌに対して、その出自から血統の正統性を危惧する貴族たちより反発もあったが、従姉妹である王女との婚約で異論を唱えるものは誰もいなくなった。
それはスィーリが王都のスプルース公爵の邸宅へ滞在していたときに起こった。
王太子の宣誓式で国中の貴族が王都へ集い、王宮では三日三晩舞踏会が催され、スィーリもまたスプルース侯爵夫人として王太子への目通りの挨拶で舞踏会へ参加していた。
慣れない社交界で辟易しながら難なく一連の行事を終え、スィーリはトイヴォと共に二日後には領地へと戻る予定であった。
親族が一堂に会し、晩餐を楽しんでいた最中の出来事だ。突然、リンネアの隣の席で食事をしていたトイヴォの椅子が倒れた。
「あぅっ…」
スィーリが視線を移すと、床を這いずるようにトイヴォが身体をよじっている。
トイヴォは首を掻きむしる。喉が火で炙られたように熱い。目からは涙が零れ落ちた。
「「「きゃーーーーーー!」」」
狼狽えるリンネアや侍女たちを他所に、異変に気づいたスィーリは素早く立ちあがりトイヴォへ駆け寄った。
トイヴォの身体は痙攣しており、口元から泡を拭いていた。嘔吐物が詰まらないよう横向きへ寝かせる。
「しっかりしろ!大丈夫かっ!早く医師を!」
「主治医をすぐ呼んでこいっ!」
ヘンリックは近くにいた侍従に指示を出す。
「息子に触らないでっ!」
我に返ったリンネアはスィーリへ詰め寄った。
「なっ!そのようなことを言ってる場合か!?早く応急処置を…!」
「触らないでって言ってるでしょっ!」
リンネアに肩を掴まれ、スィーリが振り向いた矢先、頬へリンネアの手のひらが飛んできた。
「貴女が毒を飲ませたのではないですかっ!」
「何をっ!?」
スィーリの頬に一筋血が浮かぶ。リンネアの指輪が傷をつけたのだ。見る間に赤く頬が腫れあがっていく。
「はっ?しらじらしい…。跡取りの子も為せないくせに…。それほど、私の息子が邪魔なのですか?」
更にスィーリへ詰め寄ろうとするリンネアをヘンリックは背中から腕を回して動きを制限する。
「馬鹿を言うな!スィーリはそのような愚かな人間ではない!」
オーエンが青褪めたイロナの肩を抱きかかえ、スィーリを擁護する。
「お義父様もスィーリ様の肩を持つのですか?私の産んだトイヴォが可愛くないのでしょうね!」
「落ち着くんだ…」
オーエンの視線がヘンリックに刺さる。
何故、スィーリへ救いの手を差し伸べず、リンネアを抱きしめているのか、息子の行動がオーエンには理解できなかった。
「落ち着いていられるわけありませんわっ!離してください!私は許しません!」
「何が許さないだ!ふざけたことを抜かすならお前を追いだすぞ!」
「それがお義父様の本音?トイヴォがこんな目にあっているに、酷い方だわっ!」
「お前こそ!何を勘違いしている!妾のくせに!」
罵声が飛び交う中、医師が到着した。