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7 小公爵と温泉(スィーリ現在)

 スィーリからお茶に誘われて和やかな時間を過ごしたトイヴォだったが、久々に再会した二人は会話が弾み、いつの間にか辺りは暗くなっていた。

 トイヴォはスィーリから宿泊を勧められ、未婚女性の一人暮らしの家へ泊まることは出来ないとトイヴォは断るも…。

「私を母と呼んでくれたではないか?何を今更、母親に対して馬鹿げた気遣いを…。気にすることをない。小さな家ではあるが、客間も一室あることだし、遠慮せず泊まりなさい」

 トイヴォはスィーリに一蹴されてしまった。

 心苦しく思う反面、その申し出が嬉しくもあり、スィーリの提案にトイヴォは頷いたのだった。



「温泉ですか?」

 スィーリより風呂場だと案内された小さな部屋の一角に魔法陣が施されている。

「そうだ…。この魔法陣を踏めば、ここの真下の地下洞へ転送される…」

「すごい…」

 スィーリの説明を受けてトイヴォは驚いている。トイヴォの反応にスィーリは満足していた。

「知り合いの魔導士がな…。温泉の研究をしているのだが…。丁度、この真下では温泉と魔素の地脈が交差しているのだそうだ…」

 魔導師のマッティが興奮しながら話してくれたことをスィーリは思い起こす。

 マッティはスィーリが王立ジョンブリアンアカデミー在籍時代の同級生で友人だ。優秀な成績のマッティは飛び級で卒業したので一つ年下である。

 離婚協定のとき、魔塔から証人として召喚され力添えしてくれたのもマッティである。

「元々、温泉だけでも効能が豊富なのだが、温水が魔素に触れることでその効果がより高まるらしい…」

「母上が昔とお変わりないのは温泉効果もあるのでしょうか…」

 トイヴォはスィーリのきめ細やかな肌を認めて言った。日中、農作業で日差しに晒されているにも関わらず、スィーリの肌は艶やかで綺麗だ。

「我が義子むすこは成長して、女性を褒めるのも上手になったようだ…。ふむ…。社交界で浮名を流しているのではないか?」

 トイヴォの物言いにスィーリは感心しながら腕を組む。

「なっ!そのようなことはありませんっ!私は思ったことを口にしただけで…」

 顔を真っ赤にして反論するトイヴォが可愛くて、スィーリは笑った。

 スィーリの記憶にある幼いトイヴォを思い起こす。立派に成長はしたが、変わってない部分もあってスィーリは何故か安心した。

「その昔、君の父上は令嬢の方々に酷くモテてな…。私も何度、やっかまれたものか…。だが、あのように無骨な人間であろう…。誰も彼に声をかけられなかった…」

 ヘンリックと婚約していた時期、何度か連れ立って夜会へ出席した。あの頃のヘンリックは令嬢たちの熱視線を集中して浴び、ヘンリックが歩くだけで彼方此方でため息が漏れた。

「あの顔ではモテたのも無理はありませんね…。ですが、母上も美人でらっしゃるので、父上はヤキモキしたのではないでしょうか…」

「本当にお前は嬉しいことを言ってくれるな…。リンネアにそっくりなその面持ちは人々から注目されるのではないか?」

 リンネアによく似た顔立ちのトイヴォは大きく円らな瞳が少年のあどけなさを残しており、ヘンリックと違って柔らかな印象を受ける。

 庇護欲を唆るような愛らしい見目であるが、日々鍛えている身体は適度な筋肉が程よくついており凛々しい体格をしている。

「そのようなことはありせんよ…。実際、私は容姿でモテたことはありせん」

 スィーリがスプルース公爵邸を去ってから、トイヴォがアカデミーへ入学するまで、後継者教育と称してヘンリックはトイヴォを常に傍に置いていた。

 父と共に過ごしてきた時間が長かったためか、貴族令嬢に対してトイヴォの態度はヘンリックと同じく冷淡であった。

 トイヴォは遠巻きに視線を感じたことは何度もあるが、アカデミーの同級生たちとは違い、意中の人から告白されたなど恋愛の浮ついた話は一切なかった。

「それにしてもこの魔法陣は素晴らしいですね」

 目の前の魔法陣は何層ものの幾何学模様が重なり美しく、トイヴォは見惚れてしまう。

 トイヴォは魔法学を学んでいでる。

 素質はあるらしく簡単な魔法は使えるのだが、魔法陣を描くには数式を幾つも重ねなくてはならないので苦手であった。

 特に転移魔法は複雑な方式が必要だ。転移魔法の魔法陣が描ける人材はセレスト王国でも稀だ。

「そうなんだ…。この魔法陣の凄いところは勝手に女風呂と男風呂と分けて転送されるんだよ…」

「えっ?何故?そのような作用が?母上だけが利用される温泉なのでは?」

 トイヴォは率直な疑問をスィーリへ投げた。

「この魔法陣を作成した魔導士も魔塔へ通じる魔法陣を設置して同じ温泉を利用しているらしくてな…。友人だからとはいえ、私と出会しても気まずく思うだろう?そこで男女に分けたのだ…。希望があれば、近隣の村人も利用してもらっているし…。その方が安心だろう…」

「なるほど…」

 スィーリは部屋の棚へ用意された桶とタオルなどの入浴に必要な一式をトイヴォへ手渡す。

「君を見送ったあとで、私も一風呂浴びてくる…。もし先に戻ったならば、気にせず、自分の家だと思って寛いでいてくれ…」

 スィーリの隣りでは銀狼が尻尾を盛んに振っていた。スィーリが家に帰ってきてから片時も離れたくない様子で、スィーリとトイヴォが話に盛りあがっていたときも、スィーリの足元で二人の話に理解しているかのように耳をピクピクと動かしながら寝そべっていた。

 銀狼とトイヴォの視線が交差する。まるで早く行けと言っているような青色の眼差しにトイヴォは促された。

「ありがとうございます…」

 トイヴォは恐る恐る魔法陣の上へ立った。

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