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獣になっても君が恋しい  作者: 礼三


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外伝 ネモフィラが咲く頃に…。6 【外伝完結】

「もしかして…。貴女様はトイヴォ様の本当の父親を知らないのですか?」

 スプルース公爵夫妻が元の鞘に戻ったことをスヴェンは噂で耳にした。

 トイヴォの父親のことはスィーリの身の安全のために、ヘンリックがスィーリへ伝えることはなかったと、リンネアから聞いたことがある。

「貴女様がスプルース公爵閣下とよりを戻されたのは、トイヴォ様のことを教えてもらったからだと…。オレは勝手に解釈してました…」


 何のことだ…。

 昨夜、リンネア…。いや、リンネアの幻も私へ話していた…。まるで、ヘンリックがトイヴォの父親ではないように…。だが、あの瞳はヘンリックの子供である証…。

 まさか…。いやいや…。そんな馬鹿な…。


 スィーリは黙りこみ考えを巡らせた。


 トイヴォがヘンリックの子供でないのなら、何故父親と偽ってまで保護したのか…。

 それにあの瞳…。あれは王家の血筋に現れる…。

 ヘンリックが所属していたのは聖騎士団。当時の直属の上司はリース大公だ…。

 トイヴォが王弟殿下である大公の息子ならば…。いやそれはない…。リース大公は失踪された奥様を今でも愛されている。愛されていたが故に神官となったのだ…。

 ならば…。


 スィーリは答えを導きだした。


 それならば、全てが合点がいく…。


 今まで秘匿にしてきたヘンリックのことをスィーリは責められない。王家に関わる由々しき問題なのだ。スィーリを案じて話さなかったのだと、ヘンリックの性格を考慮すれば想像に容易い。

「あっ…。いや、このことはオレが軽々しく話してはいけないことでした…。忘れてください」

 消えいるようなか細い声でスヴェンは呟いた。スヴェンは発言を後悔したが今更だ。スィーリは真実に辿り着いてしまった。

「私は…。私がこの事にもっと早く気づいてあげれていたら…。リンネアは…」

 スィーリの目から落ちた雫がテーブルの木目に染みこむ。

 スィーリがリンネアを恨むことなく慮る姿へスヴェンは感心した。

『スィーリ様ほど寛大な人はいないわ…』

 以前、リンネアの言っていた言葉にも納得がいく。スプルース夫妻はヴァイヌとリンネアに振り回された側に当たる。それなのにスィーリはリンネアのために涙を流していた。

 しばらく静寂な時間が過ぎた。窓から差しこむ柔らかな光が少しずつ短くなっていく。

「君は…。これから行く当てがあるのか?」

 沈黙を破ったのはスィーリだった。

「勝手ながら…。村へ向かう途中の林でリンネアを埋葬しました。許されるのであれば、リンネアの墓を守りたく…。近隣の村へ住まわせていただきたいと…」

「君さえ良ければ…。この小屋で…。魔獣の森の管理者として働いてみないか?」

 スヴェンはオスカーが認めた騎士だ。王立騎士団へ推薦するほどの人材であれば、魔力もそれなりに扱えるはずだ。

 スィーリの提案にスヴェンは首を横へ振る。

「何を仰っていらっしゃるのですか?私は…。貴女様のご主人、スプルース公爵閣下を裏切った男ですよ…」

「それにはやむ得ない事情があったのだ…。私が一存できることではないが…。オスカー兄上へ私から進言してみよう…」

 スィーリは泣き腫らした目で笑った。それでもスィーリの笑顔は爽やかだ。

「これから…。私をリンネアの墓へ案内してくれないか?昨日は一方的に言いたいことだけ言って消えてしまったんだ。文句の一つぐらい親友にぶちまけても良いだろう?」

 スィーリは、昨夜の幻をリンネアの幽霊だったのだと結論づけた。リンネアの願いを受けいれた地上の青空祭の奇跡だったのだと…。

「親友?」

「ああ、昨日な…。親友宣言したんだ…」

「そうなのですか?それは…。リンネアは喜んだでしょう…」

 スヴェンの目が潤んでいる。

 今までのいきさつを掻い摘んで話すのは簡単だが、その実際の道のりは語ることができないほど苦難の連続であったことに違いない。スィーリは肩を叩きスヴェンを労った。

 その後、二人は朝食を食べ終え、リンネアの墓へ向かうための準備をした。

 スィーリが玄関の扉を開け放つ。冷たく澄んだ空気が吹きこむと同時に微かに感じる優しい甘い香りが舞いこんだ。

 スィーリは息を飲む…。

「これは…」

 遠くまで澄み渡る空に溶けこむように、淡い青色の小さな花々が眼下一面へ広がり、風に儚く揺れている。

 昨日まで草原だった場所へネモフィラが咲いてた。

 スィーリの後ろを続いて出てきたスヴェンは目の前の景色へ言葉もなく立ち尽くした。

「リンネアか…」

 スィーリにはネモフィラの花畑を裸足で楽しそうに踊りながら笑っているリンネアの姿が見えた気がした。

「全く…。私の親友は悪戯が過ぎる…。本当に…」

 涙でスィーリの視界がぼやける。俯くと幾つもの水滴が頬を流れ落ちた。

 再び、スィーリが正面を仰ぎみたとき、そこには誰もいなかった。

 ただ、ネモフィラの群生が空を仰ぎ、春風に身を任せてそよいでいただけであった。


【完】

ここまで読んでくださった皆様に感謝いたします。

外伝を書かなければ、リンネアはスヴェンと共に生き続けることもできると…。悩みましたが、結局、執筆してしまいました。

「獣になっても君が恋しい」は完結いたしましたが、またぼちぼちと別の作品を綴っていこうと思っております。

今後とも宜しくお願いいたします。

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