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3 義父母の憂い(スィーリ過去)

 それから…。5年の月日が巡った。


 スィーリは王都の邸宅ではなくスプルース公爵領の屋敷で暮らしている。

 スィーリは窓から差し込む光が傾いているのに気づき目を顰めた。

 執務で一日を潰したらしい…。

 執務室の机の上には、まだ確認できていない書類が積み重なっていた。

 スプルースの領地は広大である。スィーリは領主代行として今期の領地視察を終えたばかりだった。隅々まで目を配るには時間を要するが、治水などの問題点もあり、領地民のことを思えば早急に対策を講じなければならない。

「スィーリ…。リンネアがまた夜会に出席されるため、ドレスを購入したようだ…」

 ヘンリックの父オーエンが王都邸宅から送られて来た手紙へ目を通して、添えられた領収書を掴んでヒラヒラと揺らしている。

 オーエンはスプルース公爵家へスィーリが嫁いだとき、ヘンリックへ爵位を譲って引退した。オーエンは夫人のイロナを伴い領地公爵邸の離れで過ごしており、折に触れては、スィーリの仕事を手伝っていた。

「私も請求書は確認しました…」

 スィーリは答えながらオーエンから目を逸らす。オーエンの額に青筋が浮かんでいるのを認めたからだ。

 老眼鏡の奥でオーエンの鋭い眼光が放たれていた。白髪頭で顔に皺が刻まれているが、背筋は伸びており若々しく威厳がある。

「そうか…。他にも幾つかの茶会にも参加予定だとか…。予算を確保しろとか何とか言っているんだろう?」

 オーエンは数日前に届いた別の書簡の内容まで把握していた。オーエンへ告げ口した密告者がいるようだ。執事のオットへスィーリは疑いの眼差しを向けた。

「申し訳ありません…。大旦那オーエン様へもご報告すべきかと思い…」


 コンコンッ


 軽快に扉を叩く音が部屋へ響く。オットは素早く移動し、内側から扉を開いた。

「少し休憩にしましょう…。疲れているでしょう?」

 颯爽と現れたイロナが嫋やかに微笑む。傍らで侍女がティートロリーを準備して控えていた。

 社交界で淑女の模範と謳われるだけあり、イロナの立ち姿は慎ましく美しい。ダークブラウンの髪を丁寧に編み後頭部でまとめあげているので、すっきりとしたイロナの顎ラインが際立つ。眉目秀麗なヘンリックの顔立ちは母から受け継いだものだ。

「でっ?」

 手を緩めることなく、義父の質問は続いた。

「確かに王都の邸宅から打診が来てました。直近ではローズマダー伯爵夫人が主催するお茶会へ出席するそうです。あとはマルベリー子爵の夜宴にも…」

 義父の視線がスィーリに突き刺さり、スィーリは言い訳するように補足した。

「ローズマダー侯爵夫人はグルナディーヌ産のワインがお好きだと義姉から伺ったことがありますので、リンネアから参加される皆様へ手土産として贈らせるつもりです…。お茶会で貴婦人たちに宣伝できれば、実家の産業にも貢献できますし…」

 長椅子へ腰掛けたイロナが首を傾げた。その仕草さが年齢を感じさせないほどに愛らしい。

「何故?リンネアが公爵夫人のように振る舞っているのかしら?ヘンリックもそれを黙認しているようですし…」

 スィーリは苦笑いを隠せない。

「構いませんよ。私は社交界が煩わしいと思っていますし…。彼女が代行して務めを果たしてくれてると思えば、この出費も必要経費です」

「貴女も着飾れば、そこらの淑女に負けぬほど、麗しい貴婦人になりましょうに…」

 本人は否定しているものの、スィーリは気品があり美しい。鮮やかな若草色の眼差しは爽やかで好ましい、目鼻立ちは彫りが深く華やかな面持ちをしている。

 黄金にうねる髪は夕焼けに照らされた海原を思い起こすほど輝かしく、一般的な女性よりスィーリの身長は少し高いものの、長身のヘンリックの隣りであれば気にもならない。

 ドレスで身なりを整えれば社交界の注目の的になること違いないのだ。

 イロナは歯痒さを感じるものの、スィーリは我関せず自身を着飾ることに興味がなかった。

「そのようなお言葉…。身に余ります…。私は剣を振るう方が好きですし…。頼もしい父上と、優しい母上と一緒にこの土地を盛り立てていければ十分です…」

「そんなことを言って…。ヘンリックが領地に訪れることもあまりないじゃない?」

 イロナは後継者の心配をしていた。

 ヘンリックとスィーリの間に子供が出来なければ、リンネアの息子トイヴォに家督は譲られるだろう…。

「彼は王都での責務がありますから…。時折でも領地へ意識を向けてくれればそれでいいではありませんか?」

 セレスト王国には王直属の王立騎士団、祭祀を司る神殿の聖騎士団と存在しており、ヘンリックは聖騎士団長の任へ就いている。

「スィーリは人が良すぎます…」

「何故…。お前が泣くのだ…」

「だって…」

 オーエンはイロナの背中へ手を回して優しく包みこみ慰めた。義母の涙の原因は自分だと感じたスィーリは居た堪れなくなる。

 オットへ話を投げかけ話題を変えようとスィーリは試みた。

「ところでオット…。グルナディーヌから分けてもらった貝殻はどんな感じだろうか?」

 オットーはスプルース公爵領へ小さいながら所領を持ち管理を託されている。オットーの土地は土が細く作物の実りが悪かった。

「ありがとうございます。今年は例年よりも収穫が増える見込みでございます」

「貝殻とは?何のことだ?」

 イロナの背中を摩りながら、二人の会話を興味津々に聞いていたオーエンがスィーリへ尋ねた。

「貝殻を堆肥に使うのです」

 スィーリの実家のあるグルナディーヌ侯爵領は海に面している。海洋資源に恵まれており水産物の収穫も豊富だ。

 港町では貝料理が人気なのだが、廃棄される貝殻を減らしたいとスーリィは実父から相談を受けていた。

「貝殻を水でしっかり洗い乾燥させ粉々にして、それを、土に混ぜて、作物を育てるのですよ…」

 貝を堆肥に活用する方法は試験段階であり、肥沃なグルナディーヌ領より、痩せた土地のあるスプルース領で活かせればとスィーリは考えていた。

「オットーの土地が豊かになれば、オットーは憂いがなくなり、執事の仕事に専念できますし…。スプルースにとっても、グルナディーヌにとっても利となるでしょう?」

 優秀なスィーリを差し置いて、何故、ヘンリックはリンネアを大切するのか…。オーエン、イロナ夫妻は自身の息子ながらヘンリックを理解することができなかった。

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