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獣になっても君が恋しい  作者: 礼三


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外伝 ネモフィラが咲く頃に…。5

 明け方、スィーリは目を覚ました。室内がいつもより寒く、体は芯まで冷えていた。スィーリは椅子へ座ったままベットへ顔を伏せて寝ていたようだ。


 そうだ…。私は…。リンネアを見守っているうちに…。眠ってしまった…。


 だが、目の前のベットには誰もいない。

 最初からリンネアがいなかったように、綺麗に整えられている。

「リンネア?どこだ?」

 衰弱していたリンネアの身体では、歩くのも困難なはずだ。

 スィーリは辺りを見渡す。誰の気配もしなかった。慌てて部屋を飛びだす。

「リンネア!」

「どうかしましたか?リンネア?」

 男が客室から顔を覗かせた。無事に温泉場から戻ってきたようだ。男は身なりを整えてサッパリしていた。

 ヘンリックの宿泊用に置いていた寝巻きは男には大きかったようで裾を折り曲げている。

「リンネアを見なかったか?」

「リンネア…。リンネアをですか?」

 怯えた様子で男はスィーリへ問いかける。

「ああ、リンネアだ!君と一緒にいた!」

 スィーリは大股で男へ詰め寄った。

「リンネアが…。オレと一緒にいた…。そんな…。そんなはずは…」

「君の連れではないか?」

 明らかに狼狽えた男にスィーリは尋ねる。

「グラニ…。馬のことではないのですか?」

「何?馬…」

「えぇ…。オレの馬…。グラニは連れといえば連れだし…」

「いや!違う!女性だ!リンネアだ!」

 男の顔が見る間に青褪めた。何かに慄いているようにもみえる。

「うそだ…。リンネアは…」

 男は呆然とし視線が宙を彷徨う。スィーリは男の次の言葉を辛抱強く待った。

「数日前に亡くなったんです…」

「…。何?なら、私が見たのは…」

 スィーリは絶句した。背筋に冷たいものが走った。


 昨日、ここへいたリンネアは…。

 まさか…。幻だったというのか…。


 テーブルには空の皿が残されていた。男はその手前の椅子を引いて徐ろに腰かけた。

 スィーリは対面へ着席する。

 男は何かへ祈るように手を組み、しばらく黙っていたが、意を決して口を開いた。

「彼女は…。リンネアは病気になって…。気づいたときは余命幾許もありませんでした…。それなのに…」

 男は今までの経緯をスィーリへ語り始める。男の名前はスヴェンと言った。



 スヴェンはグルナディーヌ侯爵領出身の平民騎士だった。スィーリのことは何度かグルナディーヌ邸で一方的に見かけたことがあったようだ。

 遡ること六年ほど前、実力のあったスヴェンはグルナディーヌ侯爵であるオスカーの推薦で王立騎士団へ入団した。

 オスカーは王子たちが立て続けに亡くなったことを憂いて、その後、グルナディーヌの有能な騎士を王宮騎士団へ輩出していた。王宮騎士団が盤石となればゼニス王家は揺るがないものとなり、セレスト王国の安寧へと繋がる。

 敷いては、グルナディーヌの発展のための投資とオスカーは考えていた。

 ある日、スヴェンはソフィア王太子妃に呼ばれた。

 ソフィア王太子妃から受けた命は…。

「貴方がスプルース公爵家の騎士となるように手筈を整えました。貴方はスプルース公爵家へ寄生するリンネアを誘惑して唆し、彼女と一緒に公爵家を出奔するのです…。これはグルナディーヌのためでもあるの…。だって、リンネアはオスカーの妹スィーリ…。公爵夫人を追い出した張本人よ…。逃亡途中にリンネアは捨ててしまっていいわ。そしたら、貴方はこの王宮へ戻ってらっしゃい。悪いようにはしなくてよ…。褒賞を差しあげるわ」

 甘い顔立ちをしたスヴェンは女子供に人気があった。性格も人が良く評判も良い。騎士としての腕もなかなかのものだ。ソフィアは彼の人柄に目をつけ今回の役目へ抜擢したのだ。

 ソフィアはリンネアへ恨みがあるのであって、スヴェンをどうにかするつもりはなかった。実際、スヴェンが任務を終えてソフィアの元へ戻ってきていれば、褒美を与え隣国へ逃していただろう。

 ただ、彼は平民だ。王宮の騎士仲間からも軽んじられてきた。王族からしてみれば、スヴェンの命など塵のようなものである。務めを果たせば、殺されると考えていたが、スヴェンは王族の下命に逆らうことはなかった。

 それでも、スヴェンは一介の騎士である自分へリンネアが絆されると思ってもいなかった。スプルース公爵のヘンリックは誰もが認める美丈夫である。そんな男にスヴェンが太刀打ちできるはずもない。

 ただ、リンネアは誰からも見放され寂しかった。スヴェンへ依存するのにそれほど時間はかからなかった。

 そして、二人は駆け落ちした。

 だが、ソフィアの思惑に反して、スヴェンは憐れなリンネアを見捨てることはできなかった。スヴェンは気持ちの優しい男であった。

 王都やスプルース公爵領、グルナディーヌ侯爵領から離れたマルベリー子爵領へ二人は人目を避けながら細々と暮らしていた。

 リンネアが余命宣言を申告されるまで、苦しい生活であったがスヴェンは幸せな日々を過ごしたと感じていた。



「彼女は口癖のように言ってました…。この旅の道中もずっと…。最後に出来得るなら…。貴女様に会いたいと…」

 リンネアの願いにスヴェンは迷った。

 マルベリー子爵領での日々の暮らしも落ち着いてきた。日毎、痩せ細っていくリンネアのことを思えば、この地で静かに余生を迎えるべきだ。

 スヴェンが何度も諭しても、リンネアは頑なに旅を諦めなかった。

 スプルース公爵の邸宅へ訪問する方がスィーリに会える機会はあろうが、二人は二度と彼の地を踏むことが叶わない。一縷の望みでスィーリが滞在していたグルナディーヌ侯爵領のこの村へ二人は目指したのだった。

「スィーリ様は何も悪くないのに…。申し訳ないことをしてしまったと…」

 スヴェンの話をスィーリは静かに聞いていたが、思わず遮ってしまう。

「はっ?何を言う…。私がヘンリックとリンネアの間を裂いたのだ…。二人は愛しあっていたのに…」

 スヴェンはその言葉に驚いた。

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